歌集との出会い(続)

   8月12日

  鳥居 『キリンの子』(2016年2月 KADOKAWA)

「ユリイカ」の8月号「特集 あたらしい短歌、ここにあります」で知って、7月7日発行の第5刷をアマゾンで買った。「鳥居」というのは、たぶん、姓だけのペンネームなのであろう?

 

  死にきれず蛍光灯を見つめおり動けないままエタノール嗅ぐ

  植物はみな無口なり自死できず眠ったままの専門病棟

入水の自殺未遂をして、入院した病院での場面である。「無口なり」とは、物言わぬ植物にいささかの安寧を得ているのであろうか。

 

  亡き母の日記を読めば「どうしてもあの子を私の子とは思えない」

  灰色の死体の母の枕にはまだ鮮やかな血の跡がある

小学生のときに母親が自殺。養護施設に預けられた。そこで、ひどいいじめを受ける。 

  剥き出しの生肉のまま這う我を蛇のようだと笑う者おり

  先生に蹴り飛ばされて伏す床にトイレスリッパ散らばっていく

先輩だけでなく先生からもひどい目にあった。先生がそんなだから、施設にひどい状況が生まれていたのであろう。表現に触れると、読者の視線が、現場の衝撃的な状況を鮮明に感じ取る位置に向けられるような流れになっている。

 

 「DVシェルター」の章もある。

     泣き叫び連れ出されていく入居者を「またか」と思う 慣れたふりして

    母ののち胎内の子も死にゆきて銀竜草のごとき眼球

短歌ながら、映像も及ばぬ臨場感がある。「日常の朝の光がカーテンの白さを越えてやんわり揺れる」など、その場にいて観察した以上のものをつかみとっている。「誰も知らないおとぎばなしを聴いている水子地蔵が寄り集まって」など、現実を越えてのすぐれた想像力も見られる。

 

友人の飛び込み自殺を目撃する。

  しゃがみこみ耳を塞いだ友だったあんなに大きな電車の前で

  遮断機が上がれば既に友はなく見れば遠くに散った制服

情景の把握、表現における飛躍のしかたがすごい。ここでは迫る電車、遠い制服など距離感が躍動して、強烈な迫力が生じている。

 

悪夢の連続のような人生である。

これらの作品から何を読み取ったらいいのか迷う。

事実の重さに、ただ呆然とするのみ、と言っておこうか。

 

  氷水に浸かる秋刀魚の一斉に金属性の閃きをもつ

  秋風のうすく溜まれる木の皿に亡母(はは)の分まで梨を並べつ

物を見るときの感性がすぐれている。

しっかり見て、繊細にして冷静に客観的に詠んでいるところ、すぐれた資質がうかがえる。 

 

 

7月30日  西橋美保『うはの空』(2016年8月 六花書林)

(いよいよ、私のこのブログが動かなくなってきた。

書けるか書けぬかは運次第というところ。)

 

  金色の真珠を選ぶたそがれは逢魔の刻といへど逢はぬかも

「逢う」べき相手は「魔」とは言わなくとも、異界の存在か。一首おいて後に「そよぎつつ光をかへすゆふぐれの桜は鏡ぞ異界を映す」がある。

「金色の真珠」を選ぶのは、異界の誰かと逢う準備のためか。しかし、逢わないであろうこともあらかじめ承知しているのである。

 

  蝶の見た夢のやうだなぼんぼんと時計が鳴って菜の花咲いて

「蝶の見た夢」は荘子の話「胡蝶の夢」を思い出させる。自分が蝶になって見ている夢の中で「菜の花」が咲くのはわかるが、「ぼんぼんと時計」が鳴るのは不思議だ。あるいは蝶となって、自分の子供時代を見ているのであろう。この世かあの世か分からぬ境をさまようような、不確かさがこころよい。

 

  出て行けと怒鳴られ素直に出て行かぬどこまで従順ならざる嫁か

場面は暗転し、因習の強く残るような地域での、大家族のなかの軋轢が前面に出てくる。記憶の中の暗い情景であろう。「家畜人ヤプーのやうに従順で働きものの嫁ならよかつた」従順で働きものの嫁が求められた時代は、過去のもの……というわけではない。核家族が多くなったとはいえ、まだまだそうした家族もあるであろう。もっとも「柳田國男のあによめいびられ自殺せしそのくだり読む何度もなんども」とある。ここでの「私」をそのまま作者と考えるべきではないかも知れない。

 

  響きあふグラスのソーダのしろき泡ちりちりと鳴くこゑ夕雲雀

「響きあふ」は誰かと飲んでいて、グラスを打ち合わせたためであろうか。あるいは、ソーダーのなかの小さな泡どうしであろうか。「夕雲雀」の「鳴く」声がさわやかで懐しい。何となく、向うの世界を感じさせるかのようである。

 

  口紅でお化粧すればもうおとな もう出られない草の迷宮

  つばくろの雛ふと黙(もだ)しぬさるびあの蒼ふかぶかと咲けるま昼を

少女時代の思い出であろうか。

「草の迷宮」が「草迷宮」なら、泉鏡花の小説、それを元にした寺山修司の映画があるようだが、どちらも私は知らない。

「さるびあ」は赤をイメージする場合が多いと思うが、このごろは青いサルビアもふつうに見られるようになった。その蒼はどこかあの世へ通じているような澄んだ色である。

 

  うつとりと夕暮れの空に溶け込みて夢前川に彼岸花咲く

なるほど、作者は兵庫県姫路の在住である。どこか作品の情景に近しさを感じる場合があるのは、あるいは私の父方も播州の出で、播磨平野は幼年時代に訪れた場所だからかも知れない。

 

  遺骨抱きくだる山道夏の道ゑんそくのバスとすれちがひたり

  玄関の暗がりの奥に息づきて「水飲み鳥」とふはかなき玩具

こうした何でもないような情景も、どこかで経験したことがあるような気がしてくる。いや、きっと私も心のどこかで経験したのだろう。

現実の写実のようでありながら、私には、ふと、あの世とこの世の接点に近づいているような雰囲気が感じられるのだが、これは錯覚であろうか。

 

  秋の夜の風呂桶に似し座棺かなこの世のほかへと虫は鳴きつぐ

座棺は、火葬が一般化した今の時代にはもう見ないが、たぶん、いわゆる五右衛門風呂というのが、それに近いか。この風呂は、私の子供のころは、まだ町なかでも見たかと思うが、記憶に残るのは、薪で湯を沸かす農家のそれである。

もう、ひさしく五右衛門風呂を見かけたことのない私も、いまだに夢のなかではそれを見ることがある。有史以前の甕棺などもこの風呂桶に近い形か。

この歌の「秋の夜」にも、あるいは、過去の記憶が今に重なっているかも知れない。

 

  生かさぬように殺さぬやうにながながと降る冬の雨藤の実は垂れ

  藤の実は地表をめざすめざせども死者の怒号のどこまでも雨

藤棚に垂れている黒っぽくよごれて枯れた藤の実を見ているのであろう。雨が降っていて、それも大ぶりの雨で、その音が身近だった死者の怒号を耳に呼び起こす。

 

  本当はあなたの縫つた服はみな着たくなかつたんです 母さん

  「その髪をきつてやらうか」母さんはデリラのやうに綺麗に微笑む

調べると「デリラ」は旧約聖書の一人物とある。その物語は知らなくても、その美しい微笑にひそむ不気味な企ては感じ取れるであろう。母と娘との軋轢は、いつか自分と自分との軋轢に繋がるかも知れない。

 

  いつかわたしはわたしを手放す せせらぎに笹船ひとつうかべるやうに

これは放念をともなう自分の「死」を歌っているのであろうか。この歌集最終歌は、死の向うにある安らぎを歌っているかのようである。

     (8月5日追記 この短歌から、読み手によっては、「鎮魂」、「魂の救済」、「お祓いと清め」、あるいは「再生の物語の始まり」などを読むことができるであろう。そこからどう展望が開けるかは、読み手の死生観が関わってくる。どうやら、私の場合は仏教的な方向への思考をもって読んだようだ。読み手によって、読みが異なるところは、純文学の作品にありがちなことだと言える。要するにこの短歌は、形而上学的な深みのある文学作品である。この一作だけでも歌集の読み甲斐があったというものであろう)。

 

歌集を開くまでは、たぶん、よくあるように、日常世界の現実を詠んでおられる作者だろうと思っていたのだが、意外にあの世に近く、ときに近所のあたりのパラレルワールドにも近づいている作者なのかも知れない。

いや結界を超えてあの世や、近所のパラレルワールドに住んでしまうのは読み手の私の方で、この歌集は、それとは異なっているようにも思うが、わがパラレルワールドとのこの歌集の異界との距離の近さは意外であった。 

 

「短歌人」所属の作者の、17年間の作品のうち、481首を収めた第2歌集である。

 

 

 

7月3日

      「いづみ白珠」編集委員会 「いづみ白珠」

短歌では歌人団体に短歌結社というものがあって、多くの歌人はそこで作品を発表し、あるいは歌会に出席し、要するに結社活動というものをやっている。

大きな結社だと、その中に支社があって、支社で会誌や同人誌を発行したりする場合もある。支社という訳ではないが、結社の中で同好会的に歌人が集まって、同人誌を定期的に発行する場合もある。

超結社の同人誌もあって、全国から同人に集まる場合もあるし、住んでいる地方によって集まる場合、あるいは文化センターの短歌教室などで、同人誌、会誌を発行する場合もある。

支社の大多数は定期的な会誌の発行はしないが、その代わりに、ときに、あるいは定期的に合同歌集を発行するケースもある。大学などの部活動や同好会活動として、パンフレット式の会誌を発行する場合もあるであろう。

こんなわけで、全国にいくつ歌人の集団があるかと聞かれても、はっきりしない。

角川の『短歌』の平成27年12月発行の1月増刊号の『短歌年鑑』に載っている「全国結社歌人団体住所録・動向」に掲載されている団体をざっと見ると、400以上を数えそうだが、ここに記載のない支社などは、大きな結社だと10も20も、あるいはそれ以上も数えそうだから、集団の定義次第ではこの何倍以上の数にもなるだろう。一方では休眠状態に入っている結社などもあるようだから、ますます数え方次第で数が大きく違ってきそうだ。

 

ながながと書かずもがなの前置きを書いてしまった。

 

さて、「白珠」で長く定期的に発行されている会誌の一つに「いづみ白珠」がある。これは白珠堺支社が運営している会誌の名前である。

この「いづみ白珠」は、今年の6月発行の会誌に「季刊〈いづみ白珠〉163号」とあるから、すでに発行を始めてから40年以上がたっていることになる。昔、先に述べた角川の「短歌年鑑」の住所録にこの会の名前が載っていたこともあるが、最近では掲載されていない。

なお、「いづみ」は大阪府南部の「和泉」であろう。現在の編集部は、堺市の佐藤遵子方にある。今回の6月発行の会誌に作品を出しておられるのは16名である。

 

  ハーモニカの銀冷えている明け方の卓に並べるたまごのスープ   山本夏子

  端的に簡潔に病理説かれ来て他人事(ひとごと)のやうに雑踏のなか  森田悦子

  終生の館とならむこの小部屋に祈りて飾るクリスマスツリー    三宅美智

  颯爽とわが前過ぐる乙女らは軍靴の音を聞きしことありや     真栄田米子

  そこそこに切り上げ宵の街に出るビルの谷間の赤き提灯      古井 巌

  十冊の本を抱えて屈まりてこの世としばらくおさらばをする    中野幸子

      

最初のページに載っていた各作品5首の中からの一首。作品の掲載順は、今月はアイウエオの逆順になっているようで、最後に浅村明美氏の作品が掲載されている。

前号作品鑑賞欄やエッセイ欄も公平に執筆の順序が回っているようで、この民主的な紙面の運営も、会が長続きし、紙面に活気のある要因の一つか。

 

 

 

6月25日

      昭和19年の会 『モンキートレインに乗って72』 2016年4月

特定秘密保護法の通過は、「リアルな悪夢」の始まりであった。それは、予想されたこととは言え、その後の進展のスピードは、予想を越えている。

この歌集、昭和19年生まれの45名の各30首より成ったもので、短歌の量が多くて、昭和19年生まれの視力をもってしては、とても読み通せない。

速読して、この平成28年の時局に関係する作品を10首引用する。

 

  健気にも護りきし憲法第九条ことし九月に疵がつきたり    青木春枝

  戦なき母の生き来し七十年我が行く末にも戦なからんを    伊志嶺節子

  〈安全保障関連法制〉議決さる国民のこゑ聞かぬ姿勢で    久保美洋子

  一億玉砕といふにも似たり声つよく一億総活躍と総理の言へば 小橋芙紗世

  わが子らよことしは戦後ななじゅうねん反戦の声ふるい立たせよ 沢木奈津子

  どうしても語り継がねばならぬもの沖縄戦の地獄その果て   玉城洋子

  離岸流に乗りていつしか引き返し出来ぬ沖へと向かふ日本か  丹波真人

  憲法をないがしろにする総理いて我は父の子死しても許さず  長谷川富市

  広電の線路をゆけば被爆貌 そこから始まるちちのトラウマ  松谷東一郎

  知りたがるわがたましひよ 生き死にの極東亜細亜のいちぶしじゆうよ 南 輝子

 

注:「護りきし」は平安時代は「護りこし」だったろうけれども、現代文語の短歌で「護りこし」と言うと、雅(みやび)ではあるが間の抜けた言葉遣いのようにも感じてしまう。現代文語の短歌では、「来し」は「こし」とも「きし」とも読めるというのが、妥当なとこであろう。口語の「護ってきた」を文語化したものと考えるなら、「護りきし」が自然か。                               

  

 

6月16日

      詩歌探求社 「蓮」 Vol.7 2016年7月発行

4ヶ月ごとに年3回の発行である。この号は発行日付より、実際は1ヶ月以上はやく発行されている。発行日が来るのももどかしいほど順調に発行されているわけであろう。

 

文字だけでなく、写真や絵が短歌誌の重要な要素として加わっていて、若やいだ感じである。これがカラーになり、インターネットに収まり、音が加えられ、動画が参加すれば、20年後の短歌誌か。いや、ブログでは、すでにそのような作品が見られる。

まだ、それらは、個人的に散発的に行われている段階のように印象されるが、これにコーディネーターやマネージャーが加われば21世紀短歌誌と言えるものが出来上がっていくであろう。

もっとも、それは読者の方で個々に自分向きに編集してくれ、ということになるかもしれない。

 

編集ノートに、「共同代表は五十五歳と五十一歳である。このままのペースでゆけば100号が発行されるのは約三十一年後、それぞれ八十六歳、八十二歳となる。」云々とある。31年後ともなれば、医療技術やロボット工学の進歩で、体の部品をとっかえひっかできるようになって、120歳くらいに平均余命が伸びているかもしれない。もっとも、短歌の寿命の方がつきている可能性はある。

 

 さて、この短歌誌からは、うんとはしょって、2名の方の作品だけを紹介しておく。共同代表者のうち、石川幸雄は「舟」の方で3首を引用したので、まず森水晶の作品4首。

  

  われが文学のため売り飛ばしたる五歳の妹夜市に探す

  この曲の終わるときまで外を見ん小麦畑のゴッホがピストル

  こみかめに銃口をあて針落とすワーグナーと音が重なる

  父母(ちちはは)の門は鎖されふたたびを立つことのなき姫射干の庭

一首目は文語ながら自由律思わせる語調である。

暗く口ごもるようなところがあって、ある姉妹の物語を読み取ることができる。

さみしいホラー小説のようでもある。

2首目3首目の「ゴッホ」、「ワーグナー」は作品の借景のような物語と言えなくもない。

この連作の見出しの題名は「ピストル」。

だとすると、石川啄木の歌集にあるような自殺願望がどこかにのぞくようでもある。

自殺願望はある時期、私などの人生にも親しいものであったから、この暗さは快くもある。

これはもちろん、作品上でのことだが、四首目にあるように、その願望の裏には両親からの自分に対する拒絶、そしてそこから来た自分自身の自己拒否があるであろうことも懐かしい。こうした、心の中のさほど見たくはない情景を見せてくれるところは、まさに文学と言えよう。

心理の奥の暗がりに分け入る所が近代短歌を超えて、現代短歌らしく感じられる。一つの才能と言い得るかもしれない。

 

次に高橋淑子。

  脚本にはなかったはずのこの場面、心配しないですぐ目を醒ますわ

  血管へ奇妙な液が注がれて私の矜持がまた薄くなる

  目が醒めた みんなが私をのぞきこんでる すかさずあなたはページをめくる

  落としたるショール拾いて纏いたりふたたび時間が動きはじめる

短歌もようやく現代演劇の空間を扱えるようになったかと、あっと驚き、短歌にあっては斬新な時空の出現に、どきどきはらはらとする。現実と舞台=演技空間を行き来するようなところにスリルがあり、劇中劇が何重にも重なって、夢に近づいているような浮遊感もする。現代人の、存在感の危うさを感じる。

これから先も、いつまでも短歌から離れないで欲しいと、先の取り越し苦労をするほどに、感銘があった。

ちなみに、この「蓮」によれば、高橋淑子の書歌集『うつし世をともに在りたるもろもろへ』を読み、語る会というのが開かれていて、そのときの参加者やそのコメントや寄せ書きなどの写真が何枚も載せられている。あるいは、この「読み語る会」自体がひとつの創造物なのかも知れないとふと思った。

 

どの世界でも、悪貨がはびこって良貨を駆逐してしまいやすい。

「蓮」の皆様には、私などの生きているこの時代の、その次の時代にも、めげることなく短歌を作り続けていてほしい思うのである。

 

              ◯

インターネットのブログの「短歌人気ランキング」と言うのを見た。

なんと、この 「蓮」にブログ版があって、6位になっていた。

 

              ◯

私のこのブログ式ホームページ、しばしばフリーズするようになったので、

またまた、しばらく更新を休止する。日誌なども同じ。

 

 

6月15日

      現代短歌[舟の会] 「舟」 第28号 2016年6月 夏号

 

今まで、短歌誌はエッセイの方に記載したが、アンソロジーに近いことを考え、この欄に記載することにした。

「舟」は機関誌で、半年刊つまり年2回の刊行である。

一般的に短歌誌、総合短歌誌などでは、生活の些末事を「写実」と称する記録法で詠んだ退屈な歌が目立つような印象を受けるのだが、この若い短歌誌などは、個性が生きているから多様で楽しい。

作品数が多いので、速読ぎみに読んで、3首以上に付箋をつけた作者の作品から、3首だけを選ぶという乱暴な方法で急ぎ足で選んでゆく。

  生命の糸なるものが少し見えすなわちこの日、実感とする         依田仁美

  俺なかにほの蒼くある汨羅江ひそり半魚の聖女が泳ぐ

  つくねんと立つも愉快の菜畑だ わあかき日ははや夢と過ぎきて

どちらかというと、表現技法の緻密さにこだわるより、生き生きとした自在な表現と、発想の自由闊達さを尊重するタイプかと見えた。2首目のような作品もあるので、一概には言えないが。内容は深くても、重くは感じさせず、さらりと言ってのける。そこが魅力と言えようか。

 

  資本主義の行き詰まりが生むテロリズム反省のなきアメリカが居る    阿部芳生

  聖断の遅れしゆえに100万の民が戦さの道連れになる

  戦争は不可避なるもの防衛の産業あまた存在するゆえ

15首全体が鋭い社会批判、政治批判であるのは、この短歌誌においては珍しい。個人個人の思う所を尊重するこの短歌誌の特徴が現れたものであろう。

この一連の題は「川柳的短歌 その2」とある。時代を批判するのは、狂歌の役目でもあった。狂歌式の笑いがなくても、ずばりと社会批判のできる時代がいつまで続くか、心配なこのごろである。

 

以下、解説、批評はよけいな贅言となる恐れがあるので、引用するだけにしておく。

 

  音もなく白き機影北へ行く昼月雲間に溺れるあたり           荒川源吾

  目薬の一滴おつればかすみたち孔雀が遠く羽をひろげる

  歳月のはるかおぼろに手をのばしあの日の誰かその顔さがす

 

  風ゆるむきさらぎの午後一匹のアリそろり出で外をうかがふ      五十嵐裕子

  埴輪の兵 庭より深きまなこ寄せ折々われと言葉をかはす

  拍子木に紙芝居来て子らは駆けエプロン母らも駆けたる昭和

 

  とおくまで透きとおる音 廃線のかなたに光る人工衛星          浮島

  気がつけばパジャマのままで立っている歯車だらけの灰色の町  

  霧の中の街燈むこうにねえさまが手を振ってるわ黒いドレスで

 

  住めば都とおじさんが悠々と寝ころぶ橋の下花月夜            原詩夏至

  「母さん!」と叫ぶおまえは永遠に回る観覧車を降りれずに

  教会を辞めて一年今彼は海をただ見ている病棟で

 

  浮流する藁のありかや初日の出を密やかに待つ嗚呼海鳴りぞ        石川幸雄

  生きてゆく他なき師走を母真似て缶ビール紙コップへ注ぐ

  バーベルを押上げながら息を吐く生きるにはさほど力はいらぬ

 

  きまぐれにボトルの底をかざしても抜け道などはあるはずもなく      清水重男

  花野ゆくわれにつきくるようにしてしじみ蝶君は誰からの使者

  六月の雨うす青の額紫陽花ジュラ期の水の記憶をほどく

 

ゆっくりと読めば、引用したい作者・作品数はまだまだ増える。 

短歌の他に俳句、現代詩、評論、エッセイなどもあって、読み応えがある。

 

 

 

 

2016年6月10日11

 

 おの・こまち 『ラビッツ・ムーン』(2016年5月 ながらみ書房) 

 

 さて、どう読むか。

 

  アトムの絵の真っ赤な財布に五円入れ嬉しそうだな二歳のわたし 

  妹の名前はウランなんという可愛い響きウランになりたい 

歌集巻頭の二首。分かりやすい、むしろ分かりすぎるほどの作品である。 

 

 しかし、次のように一般の読者には、何かを補って読む必要がありそうな作品もある。

 

  枝を打つ空から腕が伸びてくる白いシャツ君にあげてもいいよ 

さて、「枝を打つ」のは誰か。「白いシャツ君にあげてもいいよ」とは、誰が言っているのか。「君」とは誰か。 

 ふつうに考えると、空から地上の子どもに手を伸ばしている誰かが、子どもに「君」と言っているのだろうけれど、地上の子どもが空から手を伸ばしてきた誰かに「君」と言っていると読む読者もいるであろう。いずれにしろ、異界の、ある存在との、男の子の心の交流と読みたいような作品である。 

 「枝を打つ」のは異界の存在、あるいは風か。「風」をイメージする場合は、「白いシャツ」を「雪」とイメージすることもできるか。もっとも、ファンタジーとして読んで、詠まれた文字通りの物語を見るのが基本的な読み方であろう。 

 

  少年の額に傷と接吻を 月の輪熊の月を見にゆく 

  これも、何らかのファンタジーを背後に思わせる作品である。主人公はやはり少年であろう。 「傷」に冒険譚の雰囲気を、「月」にシュールな絵画性を感じる。

 

  君を焼く煙に雪が落ちてゆく春になれば綿毛を飛ばそう 

 この「君」は枯れた、あるいは刈り取った草、あるいはそれを人格化したものか。

雪景色が美しく、リアルでありながら物語ふうの潤いも感じる。 

(6月17日追記: この「君」は文字通り「友人」と読んだ方がよさそうな気がした。もっとも、メルヘン化して、可愛がっていた動物などと読むこともできる)

 

  三つ編みをしながら少女ハミングすあれは海ゆく祖父の船歌 

この主人公は、もちろん少女である。祖父は船長であろうか。あるいはもう、霊となっているかも知れない存在か。「あれ」は少女のハミングであろうけれど、その耳に聞こえてくる遠くからの声を「あれ」として、それを受けてハミングしているのかも知れない。 

 

  石垣の多肉植物盛んなり故郷は乾き続けておりぬ 

この故郷は南方の島か、あるいは砂漠が近い、乾燥して荒れてゆく村か。この「故郷」の風景は、心の中の遠い日の原風景かも知れない。ファンタジー世界での心象風景のようではあるが、なぜか懐かしい。

 

  なんとなく鉛筆の味知っていた遠くに田植えの親子が見えた 

 鉛筆の味を子供の頃に知った者は少なくないであろうが、めったに文学に現れない味覚ではある。田植えの親子は現代ではまず見ない。あるいは時空を異にする過去の世代の自分か。あるいは、子どもが昭和の風景を心の中の遠景として見ているのであろうか。 

 

  花びらが落ちる重力感じたいこのままずっと倒れていたい 

この体感しているやわらかい重力も、めったに短歌では詠まれない傾向のものであろう。感覚が多様で、感受性の豊かさがある。ここにある「私」は人間離れしているようだが、あるいは幼児のころの記憶をよみがえらしているのであろうか。絨毯の上で転んだときのような感覚を覚えるが、別のファンタジーを思い描くこともできる。 

 

  水のようなドレスが着たい月の夜 光目指して烏賊昇ります 

ファンタジーのなかの少女であろうか。海の景色がシュールである。

浪漫的な心情がシュールなリアルさと合わさって快い。

  

  古井戸の錆びつくブリキの蓋の下わたしの落としたものの声など 

「ものの声」は自分の過去の空間で出会ったものたちの声であろう。その声をまるでドロップの飴かなにかのように、ブリキの缶に入れていたのであろうか。いや、ドロップのようなきらきらするものではなく、灰色や土色の地味な声たちであったかも知れない。井戸を覗いてこぼした物語たちと読むことも可能か。声と物との交換が出来ないと、この物語は読みにくいであろう。

 

 勝手な読みをさせてもらって恐縮だが、おもしろくて懐かしいファンタジーのような物語が次々に編める歌集である。 

 

  結晶す夜明け前にて花嫁は極薄の大ガラスを抱けり 

  火の消えた竈に燐寸箱見えて白き象の絵祖母の手の皺 

  擦れ違い少しミルクの匂いして、昔あなたを捨てた気がする 

  あの日から?いつからそこにいたのでしょう 地蔵の横に狐が眠る 

  朧月ふるさとを出る子の家の藁葺き屋根にたんぽぽ開く 

まだまだある。楽しさ面白さ懐かしさに、時のたつのを忘れそうだ。この懐かしさには、失った子供時代の記憶も混じっているようだ。 

 

  僕の顔食べて元気になりなさいアンパンマンのあんこの味は 

冒頭のアトムやウランもそうであるが、こうしたポップな(大衆文化的に軽快、軽妙な)表現にもあこがれる。私などは、シュールな表現世界にまでは辿りついても、この軽妙さまでは辿りつけない。我々は、三次元の遠近法的空間を日常のものとしてしまっていて、おとぎ話の絵本ふう、あるいはポップアートや浮世絵ふうの、二次元的な空間へ戻りにくいのであろう。 

 

  雨宿り軒下にいて待つことも良いなと思う奈良町の宵 

  乗り合いの満員バスの行き先に大きな夕日 皆見ておりぬ 

  うなだれる青年のうなじほの白し高速バスは下り坂にて 

  あしたには帰ってしまう息子にと黒豆を瓶に詰めてやる朝 

  橋の下ブルーシートの入口に秋明菊の鉢の清けさ 

歌集の後半には、こうした日常、現実の空間に近い所を詠んだ作品が多くなる。

 

  地蔵さん紅い前掛け色あせて「さくら 二歳」の文字を残して 

  満潮になれば戸口に蟹が来た。ちいちゃんの家いつも開いてた。 

 奥の暗い物語の入り口にもなりそうな場面であるが、あくまでも軽く明るく描き取られ、深刻に入り込むことを防いでいるかのようである。 

 

  「ランドセルがあるいているぞ」先頭に三月生まれの妹がいた 

  崖下の稲荷の前の欠けた皿青い小さな空割れている 

 少しメルヘンがかったようで、かつ思い出の中の日常の、現実の風景のようでもある。気が付けば、小野小町の演劇の世界が、向こうから近づいてきていた。この辺りは、読者がとっつきやすそうである。ぜひ引用したい感じの作品が多いが、まずは歌集を読んでいただくこととしよう。

 

 おの・こまちは、本名福田小町(旧姓小野)。

 ヤママユで前登志夫に師事。劇作家、演出家でもある。

 奈良市在住

 

 

 

 5月30日  角宮悦子『銀の梯子』(1979年12月 角川書店)

ことしの春に角宮悦子氏がなくなられた。

そのことを最近、知って氏の『白萩太夫』を近年になって買ったことを思い出し、気をつけていたら、先週、本棚からこの『銀の梯子』が見つかった。

見覚のない歌集だと思って中をあけてみたら、なんと私の手で10箇所ほどに付箋が付けてある。買った記憶もないし、1979年(昭和54年)と言えば、私がまだ、須磨に住んでいた頃である。あのころはまだ、付箋を使ってはおらず、そもそも付箋というものがまだ、売られていなかったように思う。

納屋に角宮氏の代表を務められた「はな」という短歌誌が何冊かあって、これはなんだと思ったことがある。

ともかく、定年退職をするまでは、勤めや研究のことでやたら忙しく、短歌のことなど頭からふっとんでいた時期があって、あちこちに不義理もしていたであろう。

 

  弔鐘(かね)は鳴る実りこぼれむ野のはるか行きて刈り取る母の黒胡麻

この弔鐘は、母を弔う鐘の音であろうか。「野のはるか」とは、あるいは、この世の外に近いあたりであろうか。黒胡麻から何をイメージすればいいのであろう。遠い異郷から伝えられたとか、薬草園のような秘密めいた場所で育てられているとか? ともあれ、健康のためになる種子で、油にもなる。花もそれなりにきれいで、植物としては丈も低くはない。

角宮氏の作品には、一首で、ある物語を暗示しているものが目立つ。その「ある物語」の創作は、読者にまかされる。そうした物語を紡ぐことに縁なき読者は、作品から置いていかれる。そこがまた、なんとも言えない魅力で、読書の醍醐味とも言える。

 なお、歌集には「母」は次のように出てくる。

 

  母の下駄投げこまれたる焚火から夕焼けはいま燃えうつりゆく

  底つきし米櫃に米の蟲うごき西日に髪を灼かれゐし母

  木の花は吹きはらはれて一里塚二里塚すぎて行く母の見ゆ

  鏡にてとらへる背後はねつるべ天の時間を汲む母がをり

現実の母というより、神話的な存在と感じさせる「母」ではなかろうか。 

全体を一つの作品として、繰り返し鑑賞してみたい歌集でもある。

 

  蟬しぐれ崖になだれて降る日ぐれ銀のスプーンを磨かむとする

「蟬しぐれ」は短歌に多いが、「崖になだれて」で不思議なイメージを伴う。崖をなだれるように激しく降るということでもあり、あるいはこの、銀のスプーンを磨く「私」の家が崖の近くにたっているということでもあろう。「崖」は存在の危うさを感じさせる。「銀のスプーン」は、夕食に使うためのものであろう。少し高価なものかも知れない。あるいは何かの儀式のために使われるか。

 

  月光の散斑(ばらふ)をあびて疾駆するわがたてがみを掴むものあれ

この「馬」からバイブルの「青ざめた馬」を連想するのは思い過ごしであろうか。あるいは葛原妙子の「奔馬ひとつ冬のかすみの奥に消ゆわれのみが累々と子をもてりけり」を思い起こす。葛原妙子の作品の「奔馬」は、子を持つ我と同時に存在したもう一人の「われ」でもあるであろう。去った奔馬もわれ、子を育てているのもわれなのである。

 

角宮悦子の作品のこの馬は、「わがたてがみ」から、あきらかに「われ」そのものであることが知れる。

なお、角宮の歌集の、少し前のページに「家鳴りして夏の嵐は吹き荒び柵とび越えてゆきたる馬よ」があり、この馬は、月光の中の馬の元になったイメージと思われる。わたしの牧場からとびだして行った馬もまた、私だったのである。

 

  なかばまで来てゐる道に茎太く枯れし薊も束ねて燃やさむ

「なかばまで来てゐる道」とは、何のなかばであろうか。この少し前に「敗北の側よりうたひ来し歌を束ねる棘ある薊とともに」がある。とすれば、歌の道ともとれるが、いや「道」は、あくまでも道なのであろう。人生の道とも、歌の道とも、恋人の家へ行く道とも、自由に感じ取ったらいい。

角宮は北海道の網走の生まれ。とすれば、作品の背景をなす風景に、どことなくひと気のない西洋的な広大さを感じるのは、北海道の景色が原風景となっているからかも知れない。

 

  蜜蜂の巣箱かたむけ枯れゆかむ夏野をかへれ敗れて帰れ

これは夏からすぐに冬が来る野を背景としているようで、だとすればこれも、北海道を思わせる光景となる。「敗れて帰れ」とは、何に敗れて、どこへ帰るのか。思いがとげられず、もう故郷へ帰れと、自分に言い聞かせているのであろうか。

 

  捨てきれぬ夢をしまひし遠き村林檎倉庫に雪ふりつもれ

  太陽は青き硝子を煮つめをり大氷原はしづまりながら

  廃品の巨大なタイヤ越えながら昼顔は海に向きつつ咲きぬ

広大な光景である。絵画的ではあるが、どこか現実を越えているようでもある。

 

  吹かるるは幾百となき鶏卵のからにて天のまぎはまで冬

  尖塔の夕日の底は凍りつつトラックの落とせし一本の鯖

  鬼唐辛子(ピーマン)のふくろ破けば八月の風が吐きたるやうな葬列

この小さいものと大きいものの取り合わせは、どこか詩的で、かつ現代絵画を思わせる。シュールな雰囲気とでも言おうか。

 

 

 

5月29日  水島和夫 『田端日記抄』 (2016年5月 六花書林)

 

帯文に三井ゆき氏が「まっこう勝負の三八五首」と書かれているように、直球、それも豪速球を思わせる真っ直ぐな詠みぶりである。

 

  八年間コントロールをされ来たるてんかんが児に再発したり

  かそかなる寝息もたてず八十日を眠りしままに母は逝きたり

  いまはの際「僕逝くから」と弟は言ひ「逝きなさい」と母は言ひにき  

  つきつめて思はぬ癖は障害の重き子が生れし頃にはじまる

まず、子供の障害、弟の死、母の死ではじまるこの歌集の内容は重く、表現は真っ直ぐである。

 

  もう少し早く降伏してをれば、と悔ゆることなきか昭和天皇

  あつたことはなかつたことに日本の新しいとふ歴史教科書

その真っ直ぐさが批判に向かうときは鋭い。

 

  パスカルの賭けにあらねど「神は在る」方に賭けむ余生を

それは、あるいはキリスト教信者であることから来る強さであろうか。

 

  死にかかはりしが多き夏を長女はひそとおめでたを告ぐ

  みどりごのかほつくづくとながめたり死にしゆゑかくもりりしき顔は

娘さんの出産があって、次の日の早朝にその赤ちゃんの突然死があった。

 

  帰り来て寝るべき小さきゆりかごに赤子はなきがらとなりて帰りぬ

  ドライアイスに囲まれしみどりごのめぐりをわれら吐く息白し

  陽のひかり差しこむ冬の朝をかくも小さき葬式をせり

  葬儀場に子を焼きしあと産院に戻りて母体はねむり続けぬ

  ベランダに来し子雀とたはむれて亡き赤ちやんを娘はしのぶらし

  白服の子がよぎるのを見しといふ亡き子が遊びに来しと言ひたり

悲しみの深さに、言う言葉を失う。

 

そして、社会批判。

 

  この国はあじあで二千万人を殺しつつ居直りやめぬ珍しい国

  テレビには映ることなしガザの肉片の散らばるさまも阿鼻叫喚も

  戦争は「いつのまにかはじまる」なんにもなかりしごとくはじまる

  いつもどこかで戦争しをるアメリカに付き随ひて日本は征く

時局批判の場合の短歌は、このようにまっすぐに表現しなければ通じないということがある。そして、短歌はまっすぐにものが言える表現形式でもある。ただ、いつまでそれができるか、やがてはまた、かつてのように検閲される時代が来るかもしれない。

作者は東京在住、「短歌人」に所属している。

これは20年ぶりに発行された第三歌集である。

 

 

 

 

5月19日  廣庭由利子『ぬるく匂へる』(2016年4月 短歌研究社)

 

第一歌集(黒耶悉茗)以後の、2年間の作品を収めた歌集。

難解と言える作品はほとんどなくなって読みやすい。ただ、詩歌においては難解さが必ずしも好くないことではない。それによって文学的価値判断はなされない。ただ、分かりやすい方が多数の読者を獲得しやすい可能性はあるかも知れない。もっとも、読者が多いほうが好いかというと、これもまた価値判断の外ではある。

 

  咲くほどに散りて芳し沙羅の花白き芥にひそひその雨

「沙羅」の語からすぐ、平家物語の冒頭が思い出されるのは、条件反射のようなものか。咲ききると落ちるこの白い花に「諸行無常」を感じるから、この花を沙羅としたのであろう。清らかな純白が、同時に地面に落ちた芥の色でもあるところに、ある種の感慨を覚える。「ひそひそ」は音を小さくして語りかけるときの声である。平家物語にかぎらない物語を雨の音は語っているのだが、それは聞くことのできる者だけが聞く話である。「芳ばし」がゆかしい思いを誘う。

 

  秋さりて黄金(こがね)のしるき弦月に夜間飛行のひかり近づく

絵画的で印象の鮮明な情景である。「夜間飛行」に「星の王子さま」の作者を連想するのは、深読みの段階をこえて、もう読者である私の妄想というべきものか。ただ、この飛行機は、古い時代の小さくてゆっくりと飛ぶ飛行機と思いたい。今の時代にも見るものではあるが。

 

  やはらかく灯ともる車輌に花首の折れたる薔薇を持つ男あり

これも、想像力をかきたてる一首である。「花首の折れたる薔薇」は、受け取ってもらえなかった失意の男が持つ薔薇であろうか。片思いの相手の結婚式の帰りに、失意の男が一輪だけポケットに入れて持って帰る薔薇であろうか。とすれば、この男は黒い服を着ていて、この薔薇は真紅の薔薇か、……と、私の妄想は止まることを知らないのであった。

 

  昼の空の下に夜あり樹の中の窓辺に点るマグリットの灯

「マグリット」という言葉には見覚えがある、と思ってインターネットで調べたら、シュルレアリズムの有名な画家であった。どうも私好みの絵が多い。夕闇せまる中の洋館の灯しびなど最高である。シュルレアリズムとすれば、「昼の空の下に夜あり」など、なんでもなくこころに浮かべられる。「樹の中の窓辺」もまたしかり。

 

  逢ふことの約束ありてこそひとり出盛りの鱧を鍋に仕立てる

  うしろから抱きつきなさいとバッカスの巫女のうながす月の出ぬ夜

どうしようもなく、物語が描けてくる。「さざ波に遊楽(ゆらく)と揺るる釣り船の向かう松帆の浦は夕焼け」の「松帆の浦」はもちろん百人一首の「来ぬひとを松帆の浦」(藤原定家)を思い出させ、その対岸近くにある、在原行平や光源氏で恋物語のくっきりとした須磨の浦を思い出させるのである。とすると、この「さざ波」は明石海峡の波か、などといやがおうでも妄想力をたかめてくれるのである。

 

  ひららかなる沖縄島は秋さなか鱗雲すかして機上よりみる

  背(せな)に聞く二度の寒雷越前のはなれ座敷に蟹をつつけば

しかし、こうした作品から、前歌集と比べると、内容がいくぶん現実に近づいているのではないかと感じられる。それはそれで、日常を少し違った角度から見ているようでもあり、現実の把握に個性が感じられる。

 何事も諸行無常である。

 さらにどのような2年間が待っているのか、次の展開も大いに期待したい。

 

 

 

5月13日 日本短歌協会『歌人年鑑―光と影の帆船―』(2016年5月)

 

 会員のうち、106名の参加による作品集成がまずある。1人12首であるから、合計1272首である。若いころならともかく、アンソロジー形式のこれだけの数の短歌はもう読めない。そこで、ぱらぱらと見て、偶然にまかせて選ぶ。

 

  もっともらしい嘘に加勢して いつかは届く不幸の紙片   紫あかね

  くづれゆくバベルの塔か踏み台の揺らいで冬はある日ある時  甲村秀雄

  一塊の黒く湿れる糞しづか この谷をくらくゆきしものあり  砂田暁子

  ふと燃える目で寵愛の蟋蟀の脚を捥ぐ幼帝秋深く       原詩夏至

  遠き日に勤めゐしビルの地下街の銀行に定期の解約に来つ   木下孝一

 

  明け方に激しき雨の気配して耳鳴りは杳き軍靴の響き     棚瀬妙子

  歌詠みは真に悲しむことはなし悲しむべきもすぐ歌にする   巣田新一

  八月の落暉しづかに山に映ゆ ナイフ、フォークがテーブルに待つ 三田村正彦

  横たわる父と話せる夕のころ軍国主義はつまらぬと言う    木下 巧

  夢追いかけた日の空に飛行機雲 逆上がりの度にゆらり傾く  高橋栄子

 

  こまいぬの胸の高さに花が散りこのまま待つのか逝ったものらを 井辻朱美

  ぼくがまだたどり着かぬまに紫陽花はなんども花を咲かせてしまう  二方久文

  むかしむかし娘と息子のふたり産みてこの猫も確か私が産みて  吉岡迪子

  ぬばたまのクロネコヤマトメール便消え去るまでの幾ばくの時   村田 馨

  「もう父は駄目のやうです」と言ふ息子その父親によく似てきたり  藤原明美

 

  女学校の時代なつかしスカートの膝下丈も三つ折りソックスも   野原てい子

  行きまどういな生き惑うだだ広き駅のホームの蟻一疋は     前田えみ子

  庭に植えるはよくないとバッサリ 今もいちじくの樹を夢に見る  光本恵子

  光のまつり神戸ルミナリエ福島に残されいるは原子炉の火    福岡勢子

  異界には異界の哀しみあって 猫娘 化け狸そしてわたくし    梓 志乃

 

このあと、短い「エッセー」の集、「私の好きなひとつの〈曲〉」に63名が参加する。

そのあと自主制作作品集「詞華苑」、これはアンデパンダン形式の参加で、短歌だけでなく、詩やエッセイなどもある。他にまとまった研究様のエッセイ、短歌による戯曲などがある。これが最も「歌人年鑑」らしい章であるが、詳しくは本書によっていただきたい。

発売は、株式会社 学研プラス。 定価は本体4,444円+消費税である。

  

 

5月3日

      野蒜短歌会『野蒜』 (2016年3月石川幸雄)

 10名のかたがたの各50首による合同歌集。

 50首は適切な数だが、500首ともなると、一日で読み終わると言うわけにはいかない。

 エッセイ集でこのくらいの字数なら、なんでもないだろうと思うが。

 

           石川幸雄

  ギリギリとフィルム巻き上げお互いを写せるひと日焼き付いている 

  数年前に貸してやりたる似非歌人の破産決定通知が届く

  荷を降ろしロープを捌きトラックに乗り込みしのちわれはうた人

  本になる歌稿紐解くネットカフェ一首目にはて知らぬ語があり

 おおむね「短歌」に関連する50首である。それだけ日常における短歌のしめる位置が大きく重要なのであろう。口語調の強いこの歌集の中では、文語調がこころもち多いと言えるかもしれない。文語調と言っても、現代語の中に少しの文語助動詞などがまじる現代的なものであるが。生活実感が濃く、臨場感がある。

 

           萩谷孚彦 

  アー食べたと独り言いう雨のあさ冬至は過ぎたばかりなんです

  日は落ちた焼酎を呑む朽ちるのはまだ先だろう牛筋を食う

  突破した規制の警官はもう後ろシュプレヒコールにつつまれゆく

  水たまりが月を浮かべ白き鼻の猫はあくびすここからは冥府

 詩情に共感するところの多いのは、あるいは私と同じ世代だからだろうか。会員略歴に「短歌は二〇一四年一〇月に「野蒜短歌会」に入ったのが始まりです」とあるのが不思議なほどに、この詩形をよくこなしている。口語短歌であるが、調べの雰囲気が自由律にも近づくほど自在に表現がなされているところにも感心する。

 

           山口とし子

  砂出しのボールの中に見届ける寛ぐあさりの最後の欠伸を

  終電の乗客降りた吊り革にデフレの神がぶら下がりおり

  定年の夫に介護の保険証届きてどっと老人となる

  畦行けば台風一過の青空につんつんつんと彼岸花咲く

 「東京育ちの団塊世代」とある。作品から考えて、都会に近い農村に暮らしておられるのであろう。ユーモアと明るい生活実感があって心がなごむ。

 

           渡邊早美

  あの雲は雨の報せや軒先のセキセイインコの籠仕舞いたり

  幾つもの別れの場面を忘れさす三月の空果てしなき青

  Tシャツの英語の意味は無頓着豊かな胸揺らす少女等

  立て続けに「閉院します」の張り紙あり私と街の歳月思う

 「二〇一四年「広報杉並」を見て野蒜短歌会に入会する。」とある。日常生活の中から詠んだ、おだやかな日々と、あたたかい心情を思わせる作品が多い。

 

           森 水晶

  幾度も改良されし向日葵は小さくなりて夏空仰ぐ

  来世には同級生にて君と会い桜並木で恋に落ちなん

  夫妻の名のみ刻まれし墓のまえ酒を供えて雨傘たたむ

  爪を噛み青ざめし君が出てゆきてシチューの煮ゆる音のみ残る

 ほのぼのとした夫婦愛を詠んだ歌が少なくない。

  日常を少し越えかけたかも知れない四首を選んだのは、読者である私の性向によるであろう。また、少しの間、陽性の文学というものを考えた。

 

 以上、歌数が多いので、参加者のうちの半数の作者のみに触れたが、他にもいい作品は少なくない。さぞ、なごやかに会の運営が行われていることだろうと思った。

  

 

 

5月1日

                奥田隆孔『(あけ)の霧』 (201312月 青磁社)  

 

 去年だったか、購入した歌人名簿に初めて奥田氏の名前を見かけて、拙著を送ったところ、その本が還ってきて、すでに彼がなくなっておられる由を記されたお手紙(ごく短い一筆箋様の?)が添えられていた。そんな!と驚いた。それでも、歌人名簿に載っていたことから考え、一冊や二冊は歌集を出版されているだろうとインターネットで気を付けていたら、この一冊が見つかって購入できた。しかし、「遺歌集」として、出版されていた。 

 

  人気なき駅のホームに白じろと風を映せる鏡ありけり

 

  浜木綿の白き幻立つ果てに飛沫となりて崩れゆく夏

 

  噴水の上る彼方にあかあかと夕陽の滲む冬枯れの町

 

  これは、遺歌集を編集された奥田法子様の「あとがき」によれば、比較的若い頃の歌を中心に選ばれた第一部からの三首。「白じろと」は、無色を表したものであろう。二首めの「白き幻」は文字通りの「白」であるが、現実には見えない心象の白である。三首めは、紅い夕映えのひろがる光景ではあるが「冬枯れ」によって、寂しさが冷え冷えとただよう光景ともなっている。 

 

 さて、第二部は白珠社同人の頃(一九七二~一九九二年)を中心としたものとある。

 

  ひともとの古き果樹咲く廃園に飼ひ主不明の鸚鵡迷ひ来

 

 古き果樹がわずかに残っている廃園によって、かつてのさまざまの花が咲いていた美しい果樹園、あるいは庭園がイメージされる。それが廃れたあとに迷い込んで来た鸚鵡の飼い主は、あるいはかつて、この庭園に関係していたもので、その元の飼い主は、あるいは華やかだったころの、この庭園の持ち主あるいはその家族か、などと想像することもできる。鸚鵡の寿命は長いといわれるが、そうだとすると、もう老齢となったその鳥が、今の飼い主から逃げ出して来たものかもしれない。物語性のある作品である。 

 

  悪人にあらざる父を憎みつつ酷暑のまひる昭和史を読む

 

 これは第二部の作品だが、後の、「白珠」から「塔」などに移られてからの第三部には「すさまじく松の雄花の散らふさへ憎みて父を隔てゐにけり」「満州へ行く以前とは別人となりて帰りしと母の言ふ父」「孤独とは巡り来るもの偏人と言はれし父を思ふ齢ぞ」「一列の兵隊のやうに並べじとチューリップの球根を土に包めり」などがある。お父さんは兵役について満州へ行き、そして性格が変わって帰ってきたのであろう。その父への憎悪が彼の人生に占めていた暗い重さを思う。 

 

 次の作は戻って、第二部の二首。

 

  小学校焼けて標本の猛禽のまなこ溶けたれその二しづく

 

  ふたつながら落ちゆく蝶か目の下に杉森暗くなだるる真昼

 

 心の暗がりを思わせる作品である。ただ、歌の構成は無駄なく適切にイメージがくっきりと浮き立つ。無駄なくというのは、それぞれの一首前の作品をあげると「喉もとの陰深みゆく日暮れどき夜学生らの合言葉は何」「黄色の実を残したる冬の木よ恩寵うすく地はたそがるる」とある。それぞれ、深みのあるいい作品であるが「合言葉は何」「恩寵うすく」に、かすかな表現の余剰を感じる。この、かすかな表現の余剰は、当時の白珠らしい特色の一つとして一部に見られた。ただ、これが長所となる場合は、表現の裏付けをなす驚きや疑問や不安などの感情がよほど強かったり、余剰の部分の表現に特別のユニークさがあってそれが効果を顕していたりして、表現の余剰が過剰とは感じられない場合ではなかろうかと私は思う。 

 

 第三部(補遺)に進む。

 

  山ふもとハングライダーが一粒の種を蒔くごと人を降ろせり

 

これなど「一粒の種を蒔くごと」という比喩表現も、「一粒の麦もし死なずば」などの言葉が連想されたりして、余韻が響くので、すくなくとも私から見て適切な表現と思われる。表現の過剰さが気になるか、それを余韻ある趣として楽しむかは、一首一首について、また読者によって微妙に違う場合があるであろう。 

 

  知りし人に会ひそうになる地下鉄を乗り換へてゆく知らない町へ

 

  山の道けもののごとく嗅ぎゆけば甘やかにして匂ふ毒茸

 

  白き手のあまたいざよふ心地して穂の立つ原に人を見失ふ

 

  まなうらに己の炎見つめをり夜を引き込む列車の窓辺

 

  寝静まる街に一軒あるごとく我を待つ灯を女人がともす

 

 「あとがき」に歌集を編集された奥田氏の奥様が、「三部は「塔」短歌会(一九九二~二〇〇七年)潮音社同人の頃」と書かれている。「塔」からさらに「潮音」へ移られたのであろう。彼が「白珠」から移られたときから、器に自分の資質をあわせるより、自分の資質に器をあわせる方がずっといいと私は思っていた。

 

 歌集の「序文」で潮音社代表の木村雅子氏が「亡くなられる二、三年前から、歌柄が変わられたように思った。それまでの静謐な歌も好きだが、私は人間の心をより感じさせる隆孔氏の新しい歌に大変魅かれていた。見えないものを見ている歌である。」と書いておられる。奥田氏も、よき師に巡り会えて幸せである。

 

 それにしても、六十六歳で奥田氏が逝かれたとは思ってもみなかったことである。奥田氏の歌集がいつ出るか、いつ出版されるかと期待していた私は、欲張った言い方のようだが、早くに歌集の一、二冊を出版されていてもよかったと思う。

 

 奥田隆孔氏に、遺歌集のご出版を、心よりお祝い申し上げたい。

 

 

 

421 

 

     牛尾誠三『バスを待つ』  (20164月 六花書林)

 

 平明な歌が多い。一読してすぐ分かる。表現もそうだが、内容も同じ世代の者としては、すぐわかり、そのまま即、共感できるものが多い。ただし、平明だから底が浅いかというと、人生を感じさせて深い。じっくりと噛みしめるべき味わいがある。 

 

  円いものが角に見えたら角に描け真実になるとセザンヌの言ふ

 

  このごろはお寺の前の掲示板に書いてあるような歌作りをり

 

  いろいろなことがあるけど起き上がり歌つくることで救はれてゐる

 

 円いものは円く描けという事実主義のあることを思えば、自分の感受性を事実より重要なものとする一首目の意味する所は深い。それを、このようになんでもないように、簡明に短歌に詠み収めることができるとは、ただものではないな、と思うが、作者からすると、そう思うことはこっけいかもしれない。 

 二首目は自嘲のように見えて矜持、自賛かもしれない、と言えばまた、こっけいと言われそうである。 

 三首目はその通りだと思う。その通りのことをなんのカッコ(格好)もつけず、こうあっさり言ってしまわれると、少しとまどい、そして納得する 

 

  天井がかくも低きとは救急で運ばれながらそれだけを思ひ

 

  家ぢゆうの灯りをすべて点けてから今日も一人の食事をつくる

 

  この角に昔は何があつたのか思ひ出せぬままコンビニに入る

 

  軒下に夕暮れのきて煮炊きするけむりが路地に漂ひはじむ

 

 心に見えたまま描いたものであろう。かならずしも事実を追求したものではなさそうである。「軒下に夕暮れのきて」などは、その通り感じたのだろうが、たくまぬ表現力に感心する。そういえば、それぞれ、ふつうは短歌に詠み止めないようなことをよく詠み止めている。 

 

  定年で職を辞めても唾棄すべきやうな輩は何処にもをらむ

 

  恋してる娘はみんないい顔をしてゐることに老いて気付きぬ

 

なるほどなぁと思う。一般的には、気づいてもこうあっさりと、なんのカッコづけもなく、短歌にしにくいところだ。  

 

  この世界をはりを迎ふる日にならばまづはタバコを吸ひまくるべし

 

  独り居の老いた男が夕暮れに新聞まだかと路地に出で来る

 

  デパ地下で上司を見かけ目を逸らし上目づかひに人ごみに入る

 

読んでいて、ところどころにほのかなユーモアが感じられるのは、関西人らしい。この三首などは、ほろ苦い笑いがはっきりしている。ただ、関東人が読むと、自虐ととるかもしれない。 

 

 

 関西と言っても、京都在住なので大阪とは少し違っている。特に京都の地名の出てくる次のような作品から京都らしさが伺われる。

 

  吉野家はどこへ行ったと河原町三条交差点で二度も訊かれる

 

  豆腐屋の喇叭の過ぎて下京の暮れなづむ路地に雪降りはじむ

 

  寝てゐてはだめだと雨の西山は墨の濃淡の移ろひ見せる

 

  四条から勤務先まで十五分西木屋町の狭き路地ゆく  

 

家族詠は少ないが、これもなるほどと感心させられる。

 

  (ごふ)とでも言ふもの我が子も背負ひをり父より我も受け継ぎしもの

 

  子を持つは確かな別れを持つことと父となり知る 夏の過ぎゆく

 

  朝陽受け少女の自転車走り過ぐ亡母(はは)にもこんな時のありしか

 

  ぼんやりと佇む老女の後ろ姿似てゐないのに母思ひ出す 

 

 

老いを詠んだ歌は少なくないが、二首だけ揚げておく。

 

  老人になりゆく自分に戸惑いてそれをそのまま歌にしてをり

 

  犬が老い曵く人が老い街も老い桜並木の満開となり 

 

 

 いい歌はまだまだ多いが、当方も老いて目が疲れやすくなったので、あとは割愛する。

 

 歌集の「あとがき」に、「短歌を作りはじめて二十年近くになります」とある。

 

 第一歌集。発行日は、このブログと同じ421日である。

 

 本のカバーの絵がなかなか良い。 

 レストランの絵なのだが、ドアを開けたら作者が待っていそうである。

「短歌人」所属。歌集の作品のほとんどは、入会後10年間に作られたものである。

 

 

 

 

 418

 

   生田よしえ『ふたたびの円』 (20163月 角川文化振興財団)

 

 

 

 まず、次のような部分的なもの、あるいは微小なものを捉えた作品に注目した。

 

  やまざくらの残りの花のひとひらが夕ぐれ近き空にただよふ 

 

微小なものといっても、それによってシュールな情景をなしているというわけではなく、むしろ普通の詩歌に見られる捉え方よりも、普通、つまり現実的である。(追記:もっとも、繰り返し詠むと、そこはかとないおぼつかなさ、あてどなさ、あこがれる心など浪漫的な心情が感じられる。これは、ただよう山桜のひとひらの花びらに、伝統的なイメージが伴うからであろうか)。

 

 しかし、この普通なるものを短歌表現に捉えたところから、意外な詩情が生れる。 

 

  曾祖父の墓を這ひゆく大き蟻文字の凹みにあたふたとゐる

 

 たとえば、この小さなもの、つまり「蟻」を捉えてのユーモアも現実から生じたものである。 

 

  山裾の桜若葉に触れてくるかぜの高さに届かぬ麦生

 

  どの筒も枯れたる花をのこしおり峡の日暮の墓地は静けき

 

  よそものとして果てむかなこの里のふるさとに似る山懐に

 

  もう誰もふりむかずゆく山裾のコスモス畑鋤き返されて

 

 これらも、日常にある情景のなかでも、どちらかというと振り向いて眺めさせるようなきらめきを感じさせない、平凡なものごとを捉えて意外な詩情を生み出しているのである。 

 「桜の花」ではなく「桜若葉」、「咲いている花」ではなく「枯れたる花」、懐かしさ、親しさを感じさせるものではなく、却って疎外感を感じさせる「ふるさとに似る山懐」、 花も終わって根本から鋤き返されてしまった「コスモス畑」、いずれもきわめて日常的な光景である。 

 

  麦秋の夕べ幼きくちなはが草より出でて首をもたぐる

 

  紅色の真一文字を背に描かれ豚ら過ぎゆく雨のハイウェイ 

 

 これらは、都市生活者から見ると非日常的な光景だが、田園や郊外を生活の場とする人々から見れば、生活につながる情景と言えるのではなかろうか。もっとも、「雨のハイウェイ」は非日常的な光景かもしれない。一首前に「土つける大根四本箱に入りしまなみ海道渡りてゆけり」と、田園的なものと人工的なものの対照的な取り合わせがユーモアを生む作品が置かれている。 

 

  笛吹きの男につきゆく小走りのをのこをみなの脚を映せり 

 一見、メルヘンのなかの情景でもあるかのようだが、次に「ヒトの寿命百年越えたり放射能覆へる地球は青いだらうか」が置かれていることで、この「笛吹」も「をのこをみな」も知的な社会批判、政治批判の対象としての登場人物だと考えられる。それはともかく、「脚を映せり」とあるところから、これは映像のなかの光景として捉えたものと知れる。上記したさまざまの光景に見られる即物的な雰囲気には、あるいは現代の写真や映像が普及した文化が影響しているかも知れない。       

 

 また、歌集の中には、読みようによっては、次のようなメルヘンの雰囲気を持つ作品も見られる。

 

  東まはりの道を歩みて夕暮の狐塚にてひとりに遇へり

 

 「東まはり」は巡礼の逆順まわりを思わせる。この「ひとり」はもしかしたら、彼岸の一人かと読み手に想像させもする。 

 

  ひと住まずなりし館の裏道は葬りの道と言ひし細道

 

  かくれんばうの鬼を解かれず四歳の妹が呼ぶ 夕陽の彼岸

 

  火の影のちりちり揺るる面上げて母と曾祖母笑ふ 声なく

 

 これらは、彼岸につながる光景を詠んだもののように思える。少なくとも、たんなる即物的な現実を超えて見えてくる光景である。 

 

  鳩の背にするどき爪を食ひ込ませ鳶が飛び立つ羽くらぐらと

 

 現実の瞬間を捉えたものであろうけれど、現実の一瞬であるがゆえに、映像的な心象が加わり、そのために、さらにリアリティやインパクトが生じたかと推測した。 

 

  夕闇にトマトはあはく点りたり音のなき風出窓を過ぎて

 

 極めて日常的な光景ではあるが、どこか内面にも点るような情景でもある。作品の中でこの情景を見ている「私」は、現実の作者そのものとは限らないであろう。

 

 

 この歌集は、水甕叢書880とある。 

 姫路市在住の作者の第二歌集、作品を四季別にまとめてある。

 

 

 

2016年4月16日

 

 

   藤原明美『積乱雲』(20162月発行 青磁社)

 

 

 

地味だが繰り返し読みたくなる歌集がある。

 

この歌集を読みながらそう思った。  

 

  暮れゆけば北京の街に(とも)したる屋台に集ふ人に混じるも

 

  北京に歯医者を尋ねまどふ夜も黄砂は白く降り続くなり

 

旅の夕暮れ時の人恋しさの中で、土地の人々にまじって、屋台店のならぶ街をゆく思い。歯の痛みをこらえて歩む夜道に白く降る黄砂。情景も旅人の思いもありありと見えるようである。

 

 

  いづれまた逢はむと言ひし人ながら今日は遺影となりて微笑む

 

多くの人が経験する今生の別れ。その普遍性が不易流行の不易を感じさせながら、それでも明日はさらに流れ進む人生の、止むことのない移り行きをまた感じさせる。 

 

  明け近きデッキを風の渡るとき基隆の港はものの匂ひす

 

日本から台湾へと船で来て、夜明けを迎えたのだろうか。南方らしい空気の臭いがまず作者を捉えた。これも旅の途上をとらえた作品である。

 

 

  東大寺の山門の扉閉ぢられて仁王の視野の中にわが佇つ

 

  樫の実のときおり(こぼ)るる音もして秋篠の寺の苔に陽は射す

 

これは、奈良での作品。静かさ、かすかさ、悠久の時の流れに佇む者の、敬虔な思いが読む者の心に伝わる。この静かさは、にぎやかに、ものみなが大きな音をたてて忙しく動いているかのような現代にあっては特に尊い。

 

 

  友の訃を伝ふる電話を切りてより天気予報をしばし聞きゐつ

 

  人間がひとりで飯を喰ふことのうら寂しさを猫がみてゐる

 

  夢の中のわれは単身赴任なり新見の街に豆腐を買へる

 

過去と現在の、この寂しさもまた、人間存在に普遍的なものであろう。ただ、にぎやかな移り行きが囃される現代にあっては、この静かでしみじみとした物思いは、貴重なものかもしれない。 

 

  友の通夜の読経の声に紛れつつ冬の初めの雨降り出でぬ

 

  楡櫟深き落葉の道を来て頬を濡らしゆくしぐれの雨は

 

冬の雨は、これまた寂しい。寒さと寂しさはどこかでつながっているのであろう。 

 

  蟷螂(かまきり)の卵がしきりに揺れてゐる三椏の花を風の渡れば

 

  父ははの墓の辺に落ちたまる団栗は春の雨に芽吹けり

 

  此処に生まれここに老いたりほそほそと水遠白う菜の花咲ける

 

春はさびしいながらも、どこかに花やぎがある。ほっとする。  

 

  昨日の敵は今日も敵なり原爆を落とししアメリカをわれは許さず

 

他の作品とは傾向が違って、ずばり思う所を詠んでいる。こう詠むしかないところ、多くのひとの共感を呼ぶであろう。 

 

  月出でて今宵明るき裏通りどこかで三味(さみ)を弾く音がする

 

時が何十年もさかのぼったような、不思議な雰囲気である。もはや、自分が外の世界からこの情景を感じ取っているかのようにも思われる。 

 

  妻の刻む俎板の音聞こえつつ胡瓜ならむか速きリズムは

 

  盂蘭盆の送り火に赤き妻の顔どこからともなく秋が来てゐる

 

これも、安らぎを感じさせる作品である。聴覚・視覚がよく働いている。

 

 

  君に逢ふ夢にはいつも飛行機のリベットを打つ音がともなふ

 

  母の乳房にうすく浮かべる静脈を傘寿を越えてふと思ひ出づ

 

  いくばくのわが残生ぞ散り敷ける夏椿の花に梅雨の雨降る

 

  わが窓より見る芒原穂に出でて月蝕の夜を風わたるなり

 

平成十三年に退職してから平成二十三年までの作品五八〇首。

 

作者は「白珠」同人。倉敷市在住。高校定年退職後、短期大学教授を勤めた。

 

 

 

 

     江戸雪歌集『昼の夢の終わり』(201511月発行)再読

  

 大阪を詠んだ現代短歌としては池田はるみの『妣が国 大阪』が知られている。だが関西人(神戸在住)の私から見ると、どうもそこに描かれている大阪は、大阪らしすぎる大阪ではないかという感じもする。それはそれで良い。池田はるみは、大阪で育ち、のち東京で暮らしているかただから、当然の立ち位置からきたものだとは思う。 

 

 それに対し、江戸雪の『昼の夢の終わり』は、前回は、そんなに特別に大阪を意識しないで読み終わった。舞台はまさに大阪なのだが、そして当然、大阪らしい大阪だが、それは当たり前の大阪でもある。

 

 さて、江戸雪が病気で入院しているときに詠んだ作品かも知れぬもの、あるいは入院の前に病気をめぐっての思いを詠んだ作品など、病気に直接に強くかかわる作品部分などを除くと、頻繁に「川」が、川の名前が、橋の名前が、大阪の地名が出てくる。

 

  「長堀通り」「木津川」「中津」「安治川」「淀川」「大渉(おおわたり)(ばし)」「北浜」「堂島川」「(うつぼ)公園」「なにわ筋」「肥後橋」「東横堀川」馬場(ばんば)(ちょう)「平野橋」「玉船橋」「堂島ビル」「土佐堀通り」「千代崎橋」「昭和橋」「谷町線」「天満橋」「旧川口居留地」「土佐堀川」「御霊神社」「水晶橋」栴檀(せんだん)(のき)(ばし)等々。「安治川」「淀川」「靱公園」「土佐堀川」などは何度も現れる。 

 

 ところで神戸に住む私には、「環状線」や「阪急電車」は、固有名詞ではなく普通名詞のように親しい。「淀川」は電車でしょっちゅう渡っているし、「中津」へは必要があって行く。「谷町線」もたまには乗る。「木津川」「北浜」「肥後橋」「堂島川」も読み慣れた固有名詞である。しかし、その他の固有名詞には、なじみがない、と言うより分からないのが多い。もともと地図と固有名詞に弱い私だからなおさらなのだろうが、しかし、それでいいのである。織田作之助の小説にやたら大阪の地名が現れるものがあるが、それぞれの地名には地霊がある。これは東京の作家が新宿だの池袋だの上野だの品川だの神田神保町だの五反田だの歌舞伎町だの赤坂見附だの荒川、隅田川、神田川と東京の地名を書いて、他の地方に住む読者をとまどわせる(?)のと同じである。

 

 えらく前置きが長くなってしまったが、具体的に作品を見て行こう。 

 

  まよなかの大渉(おおわたり)(ばし)はわれひとり渡しふたたび空っぽとなる

 

 この橋はまよなかに渡るのだから、家への帰り道にある橋であろう。抽象的に見るなら、この世とあの世を渡す橋を連想させもする。「大阪」と言えば橋の多い町として、すぐに「八百八(はっぴゃくや)(ばし)」とこだまが返ってそうである。橋の掛かっているのは大阪に限らないが、神戸では、川の名は意識しても、ふつうの橋の名前までは、一般的には意識しないのではなかろうか。だが、大阪ではそこを渡るたびに意識される橋が多いのではなかろうか、とは極めて主観的な私の憶測ではあるが。 

 

 なれ親しんだ橋とは言え、真夜中の時間帯に渡るとき、その橋は、ふつうではないであろう。不思議な時間帯の不思議な橋のようにも感じられる。

  

  安治川の風はしばらく鳴っていた小さく窓を開けてねむる夜

 

 しばらく固有名詞を地図では確かめないで、イメージを感じ取りたい。安治川は家の近くの川なのであろう。あるいは、すぐそば、窓から見えるような近くを流れている川かもしれない。「小さく」「窓」がよく効いている。これによって、メルヘンふうの雰囲気がかすかに感じられる。あるいは、アニミズム的雰囲気と言おうか。真夏の夜の夢へと、ここから導かれそうにも感じる。メルヘンと言うには乾いた感じではあるが。

 

  あといくつ夏はあるだろう淀川のぶあつい水のそばに佇ちつつ

 

「あといくつ」は、自分がこの世からいなくなる時を意識しての物言いである。「ぶあつい水」は江戸雪独特の感受性で感じ取ったものであろうけれど、言われてみれば確かにそうである。ゆっくりと流れる大河のそばに立ちながら、命の短さ、あるいは長さを感じ取っている。淀川の幅の広い堤や、川に掛かっている何本もの長い橋を心内に描かせもする。 

 

 

  想像する遠景それは水門であなたの後ろすがたもありぬ

 

 これは、おのずから浮かんで来た心の中の遠景であり、時空の向うに見えるリアルな景色でもあろう。「想像する」とは言うものの、ありありと見えている未来の風景でもある。 

 

  北浜のインド料理の店までのとちゅうで雨が降りだしていて

 

  昼すぎの村雨の後ふいに射すひかりよそこにうつしみ立たす

 

  打合せ終えて初夏しばらくはひかる堂島川を眺める

 

 「雨」も多い。川が流れ雨が降り、そしてときに光が差してくる。この連続する三首では、日常的な職場である大阪のオフィス街ビル街の風景を背後に、「私」が歩いている、立っている、佇んでいる。この日常の情景になぜかほっとするが、雨の中の「私」、ひかりの中の「私」、川を眺める「私」と、一コマの映像として切り取られたような場面に、そこはかとなき命への愛おしさを感じる。 

 

 

  ビル街の裾をはしっていったまま自転車やがて空へ帰りぬ

 

 職場のあるビル街、とはいえ、たんなる現実が写生されただけの風景とは思えない。いや、これが作者の現実の風景かも知れない。どこか現実が別の時空へと続いているのであろう。

 

  天窓のようにさびしい死者のため階段ぽつりぽつりと上る

 

  うとうとと夜空の窓をみていた日ひとの身体は縫えるのだと知り

 

  ストーブを消して静かな窓の辺のわれに残りの時間ながれる

 

 「窓」も意識される。外界と内界の境目、この世とあの世の境目に小さく開いている窓であろうか。

 

 現実的な「空間」としての「大阪」は、「大阪はわたしの街で肋骨のようにいくつも橋が架かって」「おしゃべりな大阪のおばちゃん三人が通りすぎゆく薔薇園の薔薇」などと描かれる。だが、なぜか読むにつれ、あの世とこの世の境目の「時間」として、私には「大阪」が強く意識されてきた。

 

 短い「あとがき」に「一ヶ月ほど入院して手術をした。」とある。とあれば、あの世との境目をただよった経験が、劇的に江戸雪の作風を変えたかもしれない。歌集はまだ半分ほどのページが残っていて、読んでいると、はじめの印象とは異なり、さらに大阪へ大阪へと入り込んでゆく思いに捉えられるのだが、すでに長く書いて来たので、ひとまずは置き、そこは改めて読み取る領域として残しておこう。

 

 

  

1210

  

  江戸雪 『昼の夢の終わり』書肆侃侃房11 

 

歌集の中程から後半に注目した作品が多い。

 

  

  ねむりぎわ遥かに雨をきいたこと濡れた椿を見ておもいだす

 

  昼の夢の終わりのように鳴く鳥のその音階のなかにたたずむ 

 

歌集の題名は、ここから取ったのか。眠り際と「夢」の終わりがあるが、夢の中身が見当たらないような・・・・ひょっとすると、中身は起きているつもりの時間のすべてか?(これは、ボケのつもりですからツッコンでください)。

 

  大阪は神さんようさんおるからに夜も(あした)も川のきらめく

 

  まよなかのライトのなかにうごめいて雨は千代崎橋に降りおり

 

神さんの多い大阪は、「川」も「橋」も多い。言い換えれば神さんが親しい大阪は、川も橋も親しい。ライトのなかに降る雨を「うごめいて」と感じ、そう表現するところ、この作者らしい。つまり、個性である。 

 

  白い雨 うなずくひとと話すひとその背景に降りつづけたり

  

この情景の切り取り方のうまさもこの作者のものであろう。 

 

  土佐堀川の流れの上を人はゆき車はわたりまぶしさのなか

 

  雨水に透けし傘さし過ぎるとき御霊(ごりょう)神社に()の輪見えたり 

 

 

大阪の地名が多い。「雨」も「水」も多い。

 

 

  淀川の縁にて食める焼きそばのああかつおぶしが飛んでいくがな

 

 

大阪人の歌集には、どこかに大阪弁の見られることが珍しくないように思うが、それにしても江戸雪が使うとは、びっくりしたがな!前歌集の『声を聞きたい』の「声」は、大阪弁の声やったかもしれへんな。

  

  あついあつい夏日の果てにじっとりと回収されざる(ごみ)(ぶくろ)あり 

 

こうしたゴミ袋は何度も見たが、しかしそれを短歌に詠もうとは、思ってもみなかった。これも情景のきりとりかたのうまさである。あるいは、すごさである。 

 

  ドクダミはことごとく花消えゆきて昼のビールをひとり飲みたり 

 

ドクダミの花の消失と昼のビールの取り合わせも意外だ。意外だが、みごとでもある。 

 

むこうには、新しくて懐かしい大阪が見えている。

 

 

この歌集は「現代歌人シリーズ」のうちの一冊として刊行された。

 

   

 

11月5日

 

    香川ヒサ  『ヤマト・アライバル』  短歌研究社 2015年11月

 

香川ヒサの短歌は、絵なら掛け軸の水彩画ではなく、額縁付きの油絵だろうなと思う。

どんな額縁かは、なかばは読者が用意することになっているのかもしれないから、油断はできない。絵の評価のいくぶんかは、額縁のできが関わってくるから。

 

  空一枚めくれば干潟広がれり自然のままに汚れてゐたり

 

空をめくるとはどういうことだろう。カレンダーをめくったのだろうか。カレンダーの写真は「汚れて」おらず、自然のままよりも美しく加工されているのではなかろうか、と思うが、これはその皮肉の裏返しか。ただ、これを一服の絵と例えるなら、額縁におさめることによって、「汚れ」も美の一部となりそうだ。

 

  灯の下に寄りゆく頃をオリーヴの油注がる聖なる魚に

 

「オリーブの油」は何かバイブルの中の話を匂わせていそうだ。「魚」もそうである。だが、私はバイブルはあまり読んでいないので、それはスルーして、ほのかな灯りの下で、夕食の魚にオリーブの油を注いでいる場面を想像することにする。しかし、この聖なる晩餐の場面は、どうしようとも西洋のものだなと思う。

 

  休日は辻音楽師の立つところ硬い舗道を土鳩がつつく

 

これも、ヨーロッパの風景であろう。週に一日、辻に立つこの音楽師は、ふだんはどんな仕事をしているのであろう。土鳩が硬い舗道をつついているのは、わずかながらでも食べくずが落ちているからであろう。この辻では、何十年も、あるいは何百年もこの情景が繰り返されてきたのであろう。無常よりも恒常を感じる場面かもしれない。

 

  重たいが自分で運ばねばならぬ袋の中身は私だから

 

これは、見ることよりも感じたり考えたりすることに重きが置かれるアイロニーある作品である。穏やかな口調だが、考えようによっては、すごい作品である。

この作品の言う事実に気がつかずに人生を終える人もけっこうありそうである。いや、多くの人は、このことに気がつきたくはない。私もまた、そうかも知れない。こうしたときに香川作品はエピグラムに近づく。そして、香川の作風の本領は、言われているように、その知的な思索性にある。

 

  隅隅にピントの合った映像に大気汚染にて翳(かす)む街見ゆ

  生垣の上をしづかに蝶が飛ぶ神の憂鬱こんなところに

  八月の最後の週の雛菊に休暇を取らぬ蜜蜂来てをり

  バグパイプ練習をしに古墳まで 友の投稿届く立秋

  羊歯の群さやぎ羊歯の香立つごとし腐葉土香る遊歩道ゆく

 

これらの情景を見ているのは作者のようでもあり、すなわち読者でもある。実は額縁のこちらから「神」がちらりとが見ているのかもしれないとは、私の思いなしか。

引用が私の好みに偏ったかもしれない。ともあれ、独自性にすぐれた不思議な歌集である。

   

作者は豊中市在住。「好日」「鱧と水仙」に所属。

 

 

 

10月12日

 

    藤岡成子 『雨はときどきやさしくあらず』 本阿弥書店  2015年8月

 

口語短歌を基調とし、文語短歌もまじる。

いま、短歌は文語から口語へと移りつつある最中で、その流れのなかで、個々の作者により、様々の文体が試みられているところと見られる。

この作者の場合は、話し言葉に近い口語調短歌が多いなかに、ときどき「あり」「なり」「けり」「たり」「ぬ」などの形で終わる文語短歌がまじる。文末は終止形ではっきり終わるか、名詞止めである。連用形+テなどで終わる例はわずかで、それも言いさして終わるあいまいな表現ではなく、倒置法の場合が目に付く。読んでいて表現の直截さを感じる。

 

「ーをり」の使用が目立つが、これは文語と口語の両要素を持つ語である。作者は土地では播州弁の話者であろうと推測され、そのことと播州弁に多い「おる」「ーとる」「ーよる」の使用との関連があるかどうか、これは他の関西弁話者の短歌の場合もそうだが、興味深い課題である。ただし、これは国語学的な課題で、本題目とは少しずれる。なお、この歌集でもそうだが、歌集にときに関西方言がまじるのは、関西人の作者にはよくあることである。

 

歌集の「白鷺城」(姫路城)、「夢前川」「室津」「書写山」などの播磨の地名が、播磨方言の東の端に位置する神戸で暮らす私にも親しい。

 

  てふてふに抜かれつ追ひつよたよたと一歳児が行く昼の農道

 

「一歳児」という捉え方がよく生きていて、「農道」とともに散文的であり現代的でもあるが、作品のなかでは詩的な効果をあげている。「よたよた」は無意識のうちに老後の姿をイメージさせそうで、ほのかなユーモアも感じさせる。

 

  さ牡鹿が猪除け柵に首はさまれ真赤な眼をして足掻きゐしとふ

  うぶすなは今雨ならん目路とほく音なくひかる春のいなづま

  立枯れの鉄道草を揺らしつつ子ら乗る列車われへ近づく

  うぶすなの神社の樟も狛犬もにんじんいろの夕焼けの中

  枇杷の花しつとりと咲く昼下り岡さん所に花婿が来た

  五反田のひばりはすべて巣立ちしか麦刈り準備整ひにけり

  二町歩の菜の花ばたけ夕闇に消えてその香のひときは強し

 

現在の農村風景が、外からではなく、内からの眼で、客観的に生き生きと捉えられている。通りがかった旅人ではなく、在住者としての感性で捉えているのである。

 

  越冬のかなはぬ小さき虫たちを憩はせてゐるつはぶきのはな

  渡る人を見たることなき歩道橋二十年余りここにあるなり

  ほかほかの豚まん一つ買ひ足してコンビニ出れば雪が降りゐる

  稲刈りの近づき畦のひがんばな五分咲きのまま刈られゆくなり

  わが村の空気を吸ひて虫食べて育ちしつばめ今朝旅立ちぬ

  おばあちやんの定位置なりし縁側に坐れば見ゆる朴の白花

 

農村には農村の、ささやかにして、かつどっしりとした日々があり、人間も自然の一つということを当然のことのように知らせてくれる。視線の角度にもユニークさがあって、ときにそれがやわらかい、あるいは暖かいユーモアを生み出す。

 

繰り返し読んでいると、一作一作が、散文詩、エッセイ、短編小説などの一編・一場面であるかのように読めてくる。 

作者は私とは、ほぼ同い年である。上の世代とは異なり、また、たぶん下の世代とも異なる、ある世代の、都会が遠くはないある農村での営みを、ありありと見せてくれて、そこから深みのある独特の詩情がもたらされている。

 

加西市在住、「コスモス」所属。第三歌集。なお、加西市は姫路市に隣接する。

  

 

 

10月8日

    伹見美智子 『杜の灯火』 青磁社 2015年7月

 

短歌というものは、へんな理論にとらわれず、普通に続けていれば、生の証だの人生の記録だのと気張ったことを言わなくても、たぶん数首は目をみはるようないい作品ができ、場合によっては地味であっても、後世に残したいようないい作品ができもするのである。

 

進歩的知識人だか何か知らないが、いわゆる短歌俳句第二芸術論者という思い上がったエリート主義者にとっては、それが耐えられない屈辱に思えたのだろう。彼らは一般民衆と、プロ作者との間には、超えられない壁がなかったらいけなかったのである。大衆の持つすぐれた文化創造の能力などあってはならなかったのである。それがかつての民主主義を標榜したかのようなエセ文化人たちの正体だったのである。

 

                    〇

 

この作者は、短歌結社の同人として、ながい年月、誠実に作歌に励んで来たかたである。だが、いわゆる歌壇という所によく知られているかたではない。

 

九十歳を越えてこのたび出版された第一歌集には、おとなしいかもしれないが、次のようないい作品が収められている。

 

  夕暮れの杜にちらちら点る灯の窓より見えてここはふるさと

  漆の盆を紅絹(もみ)もて拭けば映る顔母になつたりわれになつたり

  船場センタービル地下街の階段の横をちよろちよろ水流れをり

  藁屋根の軒に唐黍その下に賽銭箱あり高千穂の里

 

「杜の灯火」とは、氏神の社の灯火、鎮守の森の奥から漏れて見える灯火だろうか。

作者の幼年時代に戻るかのようで、メルヘンふうの雰囲気を感じさせるし、村の長い歴史を思わせもし、いつかこの灯火がなくなるかも知れない未来を考えさせもする。

 

いずれもささやかな状景に、ほんのわずかな時空に焦点をあてて描き出すことで、長い年月を、心のどこかに、静かに感じさせるようないい作品である。

 

  新梅田シティーの銀行閉店し前の道路に弁当屋をり

  鬼瓦屋根に睨みてゐし家の壊されてをりビルの間に

 

ささやかな光景ではあるが、移りゆく歳月のある時点を主観をまじえずに淡々と描き出している。その状景認識の姿勢に作者の痛い気持ちがあるのだろう。単なる平板な写生ではない。

 

  老年になるまで花見を嫌ひゐきそのかみ少年飛行兵の君

  終戦のころは乙女よクラス会に炭坑節を輪になって踊る

 

社会の移り行きも客観的に淡々として、そして深く鋭く捉えている。

桜の花の向こうに散った多くの若者たちの命。終戦ののちの日々も、その時代に栄えた炭鉱も炭坑節も、遠い景色となりながら、その景色の中の若き日の自分とともに今も生き続けている。

 

  われのまだ知らぬ悲しみ 小さなる柩を抱きて息子の歩く

  流れゆく仏の舟の火の明り大きく揺れて闇に消えたり

  同じ方へ花いそいそと散りゆけり彼岸といふは如何なる所か

 

静かな諦観と、深い悲しみ。「白珠」の故 安田章生先生の言われていた、澄みに澄んだ境地とは、あるいはこのような静かな悲しさ、寂しさをじっとこらえているような境地でもあろうか。すぐれた感受性と表現力によって生み出された、すぐれた歌集である。

 

作者は「白珠」同人、西宮市在住。

長年に渡って、大阪のさる短歌教室で、安田純生(白珠社代表)の指導を受けている。

 

  

     

 10月3日

 

    三宅徹夫 『クレオパトラの夢』ながらみ書房 2015年1月

 

気になっていながら、ここにまだ書けていなかった歌集のうちの一冊。

 

書けていなかったのは、初めのページあたりの、現代の短歌によくある、情報の多さに読者側の私の読むスピードが追いつかないからであろう。

 

短歌と言えば近代短歌ふうのゆったりしみじみとした、のどかな言葉の流れを懐かしむ私にとっては、少しせわしない(いそがしい)。

 

  ポロシャツの襟立てバカルデイを飲み干せり何語ならん肩越しの会話

 

歌集の冒頭歌でいきなり異郷の居酒屋(?)に連れ込まれる。場面が日本なら、すぐにとけ込めても、異国とあれば、この雰囲気を感じ取るためには、読者側でも感受性と、あるいは多大な創造性を働かさなければなるまい。

 

  陽炎のサバンナを行く 山羊二匹老一人見ゆる土壁集落

 

「陽炎」は、一般的な訓みの「カゲロウ」を耳で聞くと、つい虫のかげろうをイメージしそうになる。しかし、目で読めばすぐに分かる。要するに現代の短歌によくあるように、目でしっかりと読むべき作品の存在が、読み始めて二十首くらいまでの部分で意識される。  

 

作品の中にはブルキナ、バマコなど、見たことも聞いたこともない地名がある。舞台はアフリカで、日本へ知らせたい情報にあふれているのであろう。 

なるほど、それで「クレオパトラ」なのかと、今ごろ気が付く。

 

  菜の花の色際立てる無人駅寒風の中に汽車待つ二人

 

これは、一度読んだだけでは、日本の風景だろうか、アメリカの、あるいはアフリカの風景だろうかと迷う。それだけ、この歌集の舞台が国際的なのである。スケールが大きい。

 

  薄明のキッチンの床徘徊すさざえのごときアフリカまいまい

  むささびの飛べる姿に開かれて路傍に売らるる巨大野鼠(グラスカッター)

  土埃、黄色い地よりスーッと立ちアシャンテの児の笑う白き歯

 

「アフリカまいまい」も「グラスカッター」も「アシャンテ」も知らないが、ここまで読み進めると、この歌集の文体にもなれ、情報の多さ、あるいはコンテンツの多さが感じられる作品に出会っても、こころよく読めるようになってくる。

 

  チキチキタムタム チキチキタムタム ドウカドウカドウン ドラムが刻む精霊の言葉

 

これなど、日本語の音韻をもとにして読むと、上の句の字数が一句分くらい多くなってしまうが、アフリカふうにイメージして読めば、心地よいドラムの音が聞こえてきそうである。

 

  アーモンドの花咲ける里いにしえの大和に似たりギリシャを旅す

  豆を煎る匂いただよう麻布十番暗闇坂に辛夷が咲けり

 

ギリシャも東京も同じ世界にあるように読めてくる。そして、歌集は日本の現在の状景の中へと、はいってゆく。

 

  つゆばれの横断歩道にすれ違う一秒のちのソープの香り

  積乱雲萌黄の峯に立ち上がり夏の匂いが近付いて来る

  耳鳴りの遥か遠くに蟬しぐれ摂氏三十八度の真っ只中で

  遠潮騒 蠅の唸りの日常に薄目を開きビール飲み干す

 

匂いも音も敏感な感覚で捉えられている。

 

  雲が割れ陽射しが目を射る一瞬にわれが壊れる音を聴きたり

  帝国の滅びしあとに人は生れ遺跡にアルパカ生れて草喰む

  吊り革に両手を通し居眠れる男の腰の傘とカギ束

  橋渡り百メートル先左手のほこらの奥にこまねずみ立つ

  地下道がポッカリ続く存在感なき一刻真昼の新宿

 

不思議な臨場感と具体性がある。

 

歌集では、まだまだ独特のすぐれた「現代短歌」が続く。

あとがきを読むと、私が中学生の頃、東京で学生時代を送ったようで、意外にも私より上の世代の作者であった。

 「心の花」所属、横浜在住である。

 

 

  

 

 9月27日

 

 たなかみち『具体』(再読)

 

たなかみちの歌集『具体』の出版記念会が、高速神戸駅の近くのホテルであった。

レポーターのような役割で10分余りしゃべった。

 

以下はそのために用意していたメモである。

 

 

   たなかみち歌集『具体』 出版記念会 2015年9月27日

 

 

           たなかみちの「技法」

 

              意外性  ―はっとする・気が付く(発見す

 

             る)・驚く(感動する)→心の開放感―

 

         〇相違点を意識する

 

     同じ時点・地点にあるものを捉えて、その相違点の飛躍ぶり

 

     に心が動く。

 

 少しづつ樹形変えゆきわが手にはもう届かない若木の高さ    

 

レシートの裏に書きたる子のメモのその表なる品目も見る    

 

街灯のうつくしきころああわれは冷凍の肉打ちのめしをり    

 

マフラーのアフガン編みを褒めをればテロリストへと話題はなびく

 

         〇類似点を見出す(比喩と見立てと……)

 

     異なる時点・地点にあるものとの類似性を見出して心が動く。

 

                   (発見・驚き→感動・詩性)

 

 一瞬に()れ目広げるストッキング (ひる)の小部屋に羽化がはじまる 

 

やうやくに脱稿なししあけぼのの夢に与兵(よひやう)(つう)を呼びをり    

 

団栗や椎の実を踏む細道に地雷の形を思ひてゐたり       

 

わつと咲きわつと散りたる桜木のこれより欝期に入りゆくらしも 

 

人質のごとく預ける親のゐて受付にわが声はへつらふ      

 

あけぼののほのか紅さす海岸に白き紐なす波もつれをり     

 

インタビューさるるはわれと同い齢ああそんな老い見せてくるるな 

 

煙草(けむりぐさ)ひよいとつまんで君はまたうすむらさきの憂鬱を吐く    

 

居待月オブラートほどひかりつつわが合鍵のどれがどれだか   

 

 

 

     用語の自由奔放にして調和的(用語の自由自在な文体→テンポの好

 

    さ・リズム感)

 

       〇古語・枕詞を使う

 

泣かぬため笑つてをればあなにやし笑ひすぎたるまなじりは濡れ 

 

こみどりの星を召しませたらちねの粥に散らせるオクラの輪切り 

 

       〇話し言葉・俗語を使う(大阪弁も)

 

ブランコが少女を天へ飛ばそうと試してみてはしくじつてらあ  

 

ああ君も短歌びと的嘆きをす自分探しに疲れただなんて     

 

さりながらなにはをみなのやせがまん苦の種()うて上がり()けまひよ 

 

       〇独特の擬音語・擬音語的用語を使う

 

暑き湯に絞りし布に拭く畳こきこき鳴りぬ胸のしじまへ     

 

遺されてまた残されて盆の夜のぎやあていぎあやてい風の声聞く 

 

 

 

 

 9月13日

  

  滝野短歌教室『闘龍』第四集 非売品 20157

 

同人誌や合同歌集の形で短歌の集を発行するのは、同一の短歌結社の中にあるサークルだけでなく、結社を越えて作ったサークルの場合もある。この歌集の場合は兵庫県の滝野市の公民館で、月に一度短歌の会を開いているグループが出版したものである。

15名の参加者の50首ずつが収められていて、合計750首となる。うち、6名のかたの各2首を引用する。

 

          大久保公江

  母の歳二つ三つと越えて生く今日も一日何事もなく

  笑ひ声先に聞こえて曲り来る女子高校生の自転車の列

 

          片山洋子

  盛り土に水をかけるなこの下に土葬の父が身を屈めゐる

  穂にのぼり天道虫が薄羽をひらいて閉ぢてまだ飛びたたぬ

 

          竹内しげる

  柿の葉がかすかにゆれてしづく落つ見れば蛙が小枝をつたふ

  初夏のサロベツ原野に人は無く白い風車が静かに回る

 

          長谷川純子

  この家にあと十年は住みたいと雨もり直す日和続きに

  何故に泣くか知らねど幼の声久びさに聞く有難く聞く

 

          眞栄田洋子

  小包にまぎれて来たる故里の琉球新報しわ伸ばし読む

  傍らの夫が食べ終へ座を立てばかすかに冷え来一人残りて

 

          渡辺弘子

  姉妹三人寄りて母捨つる相談しをり花明かりの宵

  ヘルパーが背戸の細道往き来して子等の声もなく村静かなり

         

老いての日々が、家族の状景が、あるいは町や農村で出会う人や自然の光景が、旅行で見た風景が、故郷への思いが読み込まれている。全国規模で考えると、おびただしい数のこうした歌集が発行されているのであろう。これに、句集、詩集、小説などを加えると、文芸大国とも言える日本である。

  

 

 9月8日

 

    白珠信貴短歌会

    白珠皐月短歌会 『やまなみ』24号 非売品 2015年8月

    白珠木綿短歌会

 

短歌の社会では、短歌結社というものがあって、そこで短歌誌が、毎月、あるいは隔月、あるいは季刊で発行されている。ある程度大きな結社になると、その結社の中に支社がいくつかできて、活動の熱心な支社になると、本社とは別に短歌誌が発行されたりする。

一般的な短歌誌の場合もあるが、同人誌形式の場合もある。短歌誌ではなく、小冊子式の歌集を発行する場合もある。

 

この『やまなみ』は3つの支社が合同で出版している歌集である。3支社とも「白珠」選者の松岡裕子氏が代表として指導しておられて、1人10首で、合計44名が出詠している。加えて、1人1ページで7名が随想を書いてもいる。

うち、10名のかたがたの作品、各2首を紹介させていただく。 

 

 

 

         松岡裕子

命終る日にも母の見てゐしか深閑と空に咲き澄むさくら

空港の免税店で買ひしシャツ美しかりき母国の夕日 

 

         上田千枝子

喪の家の明かりを淡く滲ませて晩夏の路地を雨たたきけり

青蛙を昨日見たよと子の言ひぬ庭に降る雹止みそうもなし 

 

         黒田幸恵

寒の夜亡母にせがみし「夜鳴きそば」温かき湯気今も立ちくる

釣り上げし「くさ河豚」の目の青く澄み海に戻せばいきいき泳ぐ 

 

         澤田みよこ

子供らが声あげてゐしあの奈良のドリームランドよ荒地となれり

木の間より海遠く見えそれのみが変ることなき日和山バス停 

 

         菅野園子

独り鍋雪降る夜はほつほつと生きむが為の楽しき夕餉

遠き日のサイレンの音紡績と言ひたる工場在りしはここか 

 

         松本光子

雪下ろしの老婆死すといふこれまでもいくたび屋根に登りしならむ

マフラーにあごをうづめて急ぐ道何やら香る 梅の花咲きをり 

 

         山下さとみ

持ち上げて叩き落とされ踏みつけられしスタップ細胞いづこに在りや

コンクリートの上に果てたるかたつむりの足跡陽を受け銀色に照る 

 

         石橋尚子

太陽の朝一番のあたたかさ背に受けとめて靴紐結ぶ

放課後に大波小波縄をとび裸足の足は列を作りて 

 

         葛城久美子

子供相撲の歓声あがる境内に水子地蔵の祀られてをり

道の辺に黄ばなコスモス咲き乱るかきたてらるるわが旅心 

 

         伏田和子

雷を遠くに聞けば待人の来るかのごとく雨降るを待つ

白壁に照りつく午後のうつろひに雨待つ(がま)の草むらに鳴く

 

一首一首の評は省略させていただくが、それぞれに個性の見られるなかなかの力作だと思う。

 

短歌だけでなく、俳句にもこうしたグループ活動があるであろう。詩歌だけでなく、いろいろなサークルがあって文化的な活動にはげんでいる、この日本という国は、なかなか興味深いものではなかろうか。

 

 

  

   9月6日

 

    たなか みち 『具体』 角川学芸出版 2015年4月

 

 読んでいない歌集がますますたまってしまった。

 いや、読んで、目をとめた作品に付箋も付け終わっているのだが、ここに書けない。書く状況にないのではなく、書くための自分の能力の至らなさを感じるからである。

 エッセイ欄を書き始めて、そこの書きやすさに、つい気が向いてしまうからかもしれない。このままだと、ここに書かないで、納屋にしまってしまう歌集が多くなりそうである。

 

 『具体』は、いい作品が多いのだが、そして、とっくに読み終わっているのだが、たやすくは分析できないなという思いがあった。たとえば、

 

  あと一歩のところをこたびも引き戻る夢のうちそと落花激しき

 

いい作品である。そして、共感する。共感して、だが言うべきことばが見つからない。

 

  もひとつの秘密の家族に会ふごとき思ひ泡立つ熱海の駅に

 

「もひとつの秘密の家族」とは、どのような家族なのであろう。テレビドラマならそういうこともあるが、現実にはなかなか思いもしない。あるいは、夢の中ならそういうこともある。現実が夢の中のように淡いのであろうか。「熱海の駅に」が具体的で、現実の向こうを思わせながら、現実へ引き戻しもする。

 

  竹串に刺さるる一瞬活海老がおのが命を振り払ひたり

 

海老は、一瞬、身を跳ねさせ、そして永遠にこときれたのであろう。生と死の間にあるのは、この目にも止まらぬかのようなほんの一瞬なのである。死ぬということは、ひいては生きるということは、かく力溢れて、そして残酷なものなのであろう。

 

  街灯のうつくしきころああわれは冷凍の肉打ちのめしをり

 

街灯の美しい街と、冷凍の肉を打ちのめす我との対比がいい。   これは現実にある状景

でもあるが、何かの隠喩、あるいは象徴にもなっている。それは、夢が美しいほど現実は残酷である、といった程度の簡単な意味内容ではない。「打ちのめ」すという男っぽい硬くて強いことばとその意味が効果をあげている。

 

  午睡覚めし稚児がゆふべを泣く聞けばまこと寂しきこの世なりけり

 

眠りの向こう側にいた稚児が、目覚めてこちら側の世界で泣いている。こちら側の、つまり生きて立つ現実世界の孤独感にくずおれそうなのは、「私」かもしれない。

 

  チラシには行方不明者刷られゐてわれに似てをり黒子の位置も

 

「私」は向こうの世界では迷子になり、迷子になったことさえ分からなくなった行方不明者なのかも知れない。自分の本当のいるべき世界が向こうにあるかも知れない。存在することの不安感をよく捉えている。

 

  偶然に逢ひたし例へば野の駅のベンチに君は地図を見てゐて

 

「君」もあいまいだが、「私」はもっとあいまいかも知れない。あいまいなところが、現代人の心象風景として、ぴったりと相応しく感じられる。このごろ「道の駅」ということばを見るが、これは休憩などで自動車やバスの立ち寄る「駅」のようだ。「野の駅」とは、どんな駅なのであろう。徒歩で立ち寄る駅だろうか。もしかすると、夢の中の駅かも知れない。野中の駅にいてほしい「君」は誰であろうか。地図を手にさすらっている君にあこがれ、「偶然」の出会いを探し求める「私」は誰であろう。少し、メルヘンの雰囲気を感じる。人生にさまよう大人のメルヘンか。

 

  どこからが夢だつたのか酔ひ覚めの水飲みながら見る後の月

  「安全」のシール貼られて激安の卵売りをり売れ残りつつ

  母のため来し病院にレンドルミンこたびはわれへ処方されたり

  子が妻を娶りし具体は東京へ行くに二つ三つ伺ひが要る

  いやがりし酸素マスクを強ひたりき翌朝逝くとはゆめ思はずに

  すこし濃きルージュに変へむ秋色はたそがれいろに吸はれやすくて

 

存在の危うさ微かさを知るのも、現実へ向く鋭い批判性があってのことでもあろう。自分自身がいつ、ふいとたそがれ色の世界に吸い込まれてしまうか分からない、この危うさは、しかし、安らかさでもある。現代人のあやふやな精神状況をよく捉えている。 

 

 

 

 

   8月2日

 

    赤井千代 『天女』 赤井文芸出版 2015年5月

 

いろいろな読んでいない本がたまってきたが、きのう、この夏初めて部屋のクーラーを入れたので、少し気力が出てきた。

 

この歌集では、最初のページの冒頭から驚いた。

 

  大川に花筏流るる夕暮は狐の面を被りさまよう

  オフィス街に捨てられしビル空洞(ほこら)となり怪魚の棲める深海となる

 

ユニークな作品である。もっとも、同じ「白珠」所属の私も、こうした現実を超えた傾向の短歌を作ることがあるが、それがこの歌集の跋文を書いておられる、どちらかというと現実的な作風の上田明氏のお弟子さんなので、面白い。

 

  もがり笛鳴りやまずいて乱れとぶカラスの群に日は落ちなんとす

  夕暮の鳥あつまりてにぎやかな一本の樹から暗くなったよ

 

ときに見かける光景のようでいて、心にわずかなざわめきが起きる。心の内の、どこか遠くの風景のを見るようでもある。親しくて遠いものへの、不思議な懐かしさを感じる。

 

  窓に寄り煌めく夜景ながめおり見知らぬ街の塔の上のわれ

 

どこか見知らぬ街にいて、塔の上から夜景をながめているところである。だが、つい二度読みを誘われる内容である。ふと塔上の「われ」をながめる気持ちが起こるからだろう。塔の上のながめる「われ」を見る読者は、塔の下のどこか遠くから見ている角度となる。よってこの図も、心内風景で遠くの「われ」を見るようにも感性が働く。これは、読者が私の場合に限るかも知れないが。

 

  淡雪に亡き父の打つ杵の音ペタンペタンと広がりてゆく

 

無音の音が聞こえているのである。聞こえない音に耳を澄ましている作者である。日常の現実を超えたところまで、見え、聞こえているこの感性は、詩人のものである。

 

  カラシニコフ死して世界に一億のカラシニコフ銃持つ人がある

 

「カラシニコフ」というすぐれものの「銃」の発明には、誰しも苦々しく思う。おそらく、発明者のカラシニコフ自身もそうであっただろう。だが、この優秀な銃は、なおも拡散する一方である。

散文をもってしても、この短詩の示したずばりと鋭い批判は、なかなか出来ないであろう。

 

  淡雪のふる窓の辺のガラス鉢赤出目金は一日動かず

 

雪の白と金魚の赤の組み合わせが騒がしくないのは、雪の静かさと、寒さの中の動かぬ金魚が素材としてあるからだろう。静かさを絵によって描くようなおもむきがある。

 

  シャンゼリゼの暗きバス停にぼっそりと沢田研二のたたずみていし

 

若くはなやかだったころのジュリーをシャンゼリゼに置いても絵になるだろうけれど、暗きバス停には、いまの老いて、ほっそりではなく肥えた(太った)沢田研二を置いてみたい。どうしようもなく老いてしまって、人生の苦味が感じられる状況も、また好ましいものと感じるのは、関西人らしい笑いの感覚が働くためだろうか。

 

  大映のニューフェイスたりしわが夫はハゲになりてオシッコちかし

 

これなども、西日本の人間でなければ、このほろ苦くも愛情のこもったユーモアは分からないかも知れんなと思う。大阪人らしいおかしみである。何事にも真剣な昔の江戸の武士なら、笑えずに深刻な状況になったかもしれない。

 

  うつしみの若き裸身をみつめれば命の不思議ひたよせてくる

  繁華街の髭の浮浪者むすめらに囲まれながら指立てて話す

 

いつの時代にもある敷衍的な光景でありながら、我が身にはもうはるか遠くの失われた状景ではないか。思わず涙がこぼれるではないか。

(言わずもがなのことだが、この涙は、生きることへの愛おしみの涙でもある)

 

 「あとがき」によると、「平成二十三年七十三歳の、毎日文化センター梅田教室で、白珠の上田明先生から初めて短歌の御指導をいただき、四年になります。」とある。上達のはやさと、作品の若々しさに驚く。

 

 

 

 

   7月24日

 

    尾崎まゆみ『尾崎まゆみ集』   セレクション歌人 邑書林2004年4月

 

この本の中には尾崎まゆみの第2歌集『酸つぱい月』(1998年8月 砂子屋書房刊)が収められている。

 

  破壊もまた天使であるとグレゴリオ聖歌が冬の神戸を駆ける

 

阪神淡路大震災を詠んだこの作品で、『酸つぱい月』は始まる。よく知られている作品と言えよう。イメージとして、神戸とキリスト教の結びつきは、たとえば長崎とキリスト教の結びつきほどは強くはないかもしれない。

 

「尾崎まゆみ略歴」に、「1960年、徳富蘇峰ゆかりの今治教会付属めぐみ幼稚園に路線バスで通う。プロテスタント系だが、父母はキリスト教者ではなく単に設備が良かったのでこの幼稚園をえらんだのではないかと思う。」云々とあって、作者の生まれた愛媛県の今治のキリスト教の幼稚園に通ったことが知られる。

 

わたくしごとながら、神戸の須磨にあった私の家の近くにも、カトリックとプロテスタントの教会がそれぞれあって、何を思ったのか、キリスト教徒でもない母親に私たち兄弟は、たぶんプロテスタントの方の日曜学校に行かされていた時期があった。

昭和30年前後のことであった。おかげで宗教的な雰囲気は少しだけ知ったが、結局兄弟3人の誰もキリスト教徒にはならなかった。

ただ、国際都市とも言われた神戸の一部には、市民がキリスト教にも縁を持ちやすいという、雰囲気のようなものがあったかもしれない。

個人的な感慨かもしれないが、そうした方向から、この作品を読めば、まるでヨーロッパの国ででもあるかのように、震災の後に聖歌が響き渡るというようにも受け取れるこの作品は、神戸の街に似合ったものといえるであろう。

 

  レクイエム零れつづける木蓮の一籠がまだ空にとどまる

 

このレクイエム(鎮魂歌)は、キリスト教のものであろう。零れつづけるのは、白木蓮の花びらでもあり、レクイエムの歌声でもある。実際にはどちらも内的なイメージとして感じているのかもしれない。このいつまでも零れ続ける木蓮の花びらは、神がいだいて花びらを撒いている、鎮魂のための一籠分なのかも知れない。

この一首前に「地下街を隔てる壁に青空が描かれてゐて風が揺れて」とある。季節を考えれば、この木蓮は早春に咲いた白い木蓮であろうが、あるいはステンドグラスの絵のように、地下街の壁に描かれた木蓮を想像してもいいかもしれない。

 

  中山手からの坂道エメラルド色の眼を持つ海の匂ひが

 

「街の記憶」という一連に収められている。神戸の地名と身体語彙の多さは尾崎まゆみの作品の文体的特徴とも言える。「中山手」と言えば、ああ、あのあたりかと、しっかりした、あるいはなまなまとした現実の風景が心に浮かぶ。「エメラルド色の眼」も現実の瞳を思わせるが、地名と身体語彙が組み合わさることで、心内風景を思わせるようなイメージが浮かび上がる。思い出の神戸であって、もはや目の前の現実そのものとは違っているのである。「海の匂ひ」が記憶の情景を強烈に呼び覚ます。

 

  沈黙がすぎるよろこび青空ときのふの雨が楡の木に降る

 

「沈黙」をよろこびとする心情は、あるいは宗教的なものかも知れない。楡の木に降る「青空」と「きのふの雨」は、あるいは形而上学的なものかもしれない。深々とした思索的な心内風景を見せている。

 

  最終戦争遅い目覚めの或る晴れた日の空中を熱が流れる

 

作者は昨日を思索するだけでなく、明日をも思索し、リアルなイメージで捉えるのである。この一首は、予言となるであろう。

 

  生田川並木のあたり蕾から私が開きそめるしだいに

  メイクアップ落として映す両耳は百合の記憶で満たされてゐる

  窓を開け時間を閉じてわたくしの薔薇がにほふと思う一瞬

  ふうつと裏返る四月のうしろから目隠しのてのひらと花びら

  たとへばゐない微笑みのため向日葵の種びつしりと甦るなり

 

花とやわらかいナルシス・ティックな身体感覚の組み合わせである。この身体感覚は、私には汎神論的な美神の出現を感じさせる。

 

  わたくしを殺して帰る青空に月の出口がぽつかりとある

 

このわたくし殺しは神殺しであろうか。あるいは神であるわたくしが、俗世のわたくしを殺して昇天したのであろうか。いずれにせよ、一つの何らかの神話を直観させるのである。

 

歌集の途中からの傾向としてある、穏やかなナルシシズムが感覚的に特に快かった。与謝野晶子の『みだれ髪』ではないが、短歌とナルシシズムは、親和力があるであろう。そう言えば、場合によっては詩や俳句にも、つまり詩歌一般に言えることかも知れない。

  

 

 

 

201574   

 

 

 

    中津昌子『むかれなかった林檎のために』 (砂子屋書房 20156月) 

 

 

  もうあなたもわたしもいないこの店にゴムは艶ある葉を広げいる 

 

 読後に印象に残った色彩は青系統か。しかし実際には、それ以上に赤系統が多い。数を言うなら特に紅葉の赤が多い。

 

だが全体的に、はでな感じはなく、色彩は鮮明ではあるが、私にはむしろ静かで、落ち着いた感じがした。

 

対象が客観的に描かれていて、主観語の使用や平板で概念的な叙述が避けられているからだろうか。

 

この作品の「あなた」と「わたし」はどのような関係なのであろう。「この店」はどんな店なのだろう。

 

客として入った店なら喫茶店、働いていたのなら会社や銀行のロビーか何かの案内所と、推測すればイメージできないこともないが、そこはあわあわとしていて叙述の外にあり、生活派などから見ると、もどかしいかもしれない。

 

だが、この、夢の中ともとれるほどに説明がないところが、この作品の佳さの一つだと思う。

 

 

  バスがとまらず人も待たないバス停をどっと吹きぬけゆく大風は

  ぼうぼうと八つ手の花が咲いているかたわらにある短き石段

 

 

 

あるいは、作者も存在しない無人の場面。

 

しかし、読者にとって、無人の場面を見ることは、すでに映像などで慣れている。

 

それに、そうした描写は漢詩など他の文学ジャンルの中にもあること。

 

ただ、個人的に私はかわいた喪失感のようなものを感じる。 

 

 

  蛙の声ひびきていたる隠岐神社 やがて重たき雨に沈みぬ

 

  ふりかえるところに鳥居はしろく濡れ芙蓉の花も濡れてゆくなり

 

  イカ釣り船まだ出港をせぬあかきゆうぐれゆらりゆらりとするを 

 

 

「重たき」「しろく」「あかき」「ゆらりゆらりと」などの形容語が効果的である。

 

状景の描写でありながら、こころの中の何かを刺激する。 

 

 

  うちしめりカンナが花を垂れている西日本のうす曇る空

 

  亡くなって何度目の雨 ベランダにゴムの草履がびしょぬれにある

 

  ひとたび曲がりふたたび曲がるくらがりの廊下の隅に育てる茸

 

  伸びすぎたスズメノエンドウ揺れながら君たちのもういない中庭

 

  つかみかかるかたちに波は荒れながら海に向く墓一つにあらず

 

  あじさいにみどりの花がふくらめば手をのべて触れよあなたも空から

 

  人影のように柱は過ぎながらさらに地下へと車は下る  

 

淡々とした描写のようでいて、それを越える何かがある。日常の状景のようでいて、どこか日常を超えている。

 

以前と同じく一首一首がよく整って構成されてはいるが、作者の以前の歌集とは、歌風がどこか違ってきているような気がした。 

 

前歌集は旧仮名遣いだが、この歌集では作者は現代仮名遣いを使っている。

 

歌集の「あとがき」に、「しんから自分のものになっていないものを使って体のいい情緒をまとっている感じが消えず、旧かなの世界で自由になることができなかった。」と記されているが、私も同感である。

 

 中津昌子氏は「かりん」「鱧と水仙」に所属。アメリカで生活された体験があり、現在、京都在住。

 

 

 

 

 6月27日

 

 

 

  『落合けい子歌集』  現代短歌文庫 (砂子屋書房 201111月) 

 

 

先日、落合けい子さんの『赫き花』の歌集批評会が11月に姫路であるとの連絡があった。

 

そこで、久しぶりに『落合けい子歌集』を開いてみた。 

 

まず、第一歌集『じゃがいもの歌』の全編が収められている。  

 

  卵黄に混じりておれる一筋の血を箸をもて掬えり今日は

 

このごろはどうか知らないが、以前は生卵を割ると、わずかに血の筋が引いていたことがあったものだ。子供の頃?血が造られはじめている、ということは、あるいは有精卵の証拠か、などと思ったことがある。もっとも、あの血は、卵自身の生み出した血ではなく、母胎の血だったのかも知れない。それはともかく、血は命の尊さを、不思議さを、あるいは逆に、違和感を感じさせるかもしれない。たいていの場合、感じるだけで、このように言語化まではしないであろうけれども。なお、「混じりておれる」は、いかにも「おる」を多用する西日本語の話者らしい表現と言えるかもしれない。私も神戸弁の話者なので、そのまま読めて、気にはならない。 

 

  生きていることに意味などあらずして朝はつめたき水飲みにけり

 

  生きて来しことの罪にし思われていま青空を鳥は飛ぶべし  

 

これは、感じるところを言葉の持つ概念でも表している。感じるところは「生きている意味」である。この二首では、それを否定的に感じているようである。作品のモチーフから、ふと、我が師、故安田章生の「知的抒情」論を思い出した。 

 

  舗装路の水の溜まりに来し蜻蛉尻を振りつつ卵を産めり

 

  昨夜われの頬に当たりしかげろうかふたつの翅を合わせて死ねり

 

  巣穴よりおのもおのもに金色の卵をくわえ蟻の出で来る

 

  つまみたる春の夜の虻わが指の腹にかすかな(しみ)となりたり

 

  雨蛙まなこつぶりて動きいる尺取虫を呑みこみにけり 

   

虫をはじめ、小動物の「生」をとらえた作品から、生きることのいとおしさが伝わってくる。「蛙の子 ばった 蟋蟀今日ひとひわが家訪い来し小さき命」とあるように、自然に恵まれている土地に住んでいるのであろう。虫の類に細やかな観察眼をもって親しんでいることも、良い作品の生まれる一因となっている。「黄楊の葉にさがる蜘蛛の子うつつには見えざる糸をのぼりはじめつ」からすると、虫は突き放して観察する対象ではなくて、作者には親しく、あるいは、もはや作者自身なのかもしれない。

 

「虫」とならんで多いのは「鳥」であるが、いまは、省略する。 

 

作者がまだ子供のころに亡くなった「母」についての作品も多い。

 

  のちぞいの母の来る日に声かけてわが亡き母の写真納いき

 

  亡き母にひとりごころを書きおればおりおり落つる雨垂れの音 

  

 

そして無き(「亡き」ではない)子供。

 

  暮れのこる桜をめぐる蝶白し母かも遊ぶわが子か遊ぶ

 

  産めざりしわが子に乳を含まする夢をみたりき短き夢に

 

落合さんも夢や作品にもう一つの人生を持っているかたなのだなあと思った。

  

 そしてもうひとりの()「われ」。

 

  彼岸花弾けて赤し藪かげを少女のわれとすれちがうかな

 

この「私」は、やがて『赫き花』の「私」になるのだろうか、どうであろう。いつかまた、落ち着いた時に、『落合けい子歌集』の続き、つまりこの作者の『ニパータ』以降の歌集をあらためて読んでみようと思う。

 

 

 

201565日(6月10日修正) 

 

 

    やひろかおる『いつからか』 (私家版 20155月)

  

 

  いちばん星 にばん星 さよならはタールのにおいの電信柱で 

 

 一般的な短歌としても読めそうだが、「新短歌集」とあって、実は自由律短歌なのである。口語(定型)短歌が根付いてきたおかげで、定型短歌が自由律短歌に近づいた感じがする。

 

 我々の子供のころは、子供たちは日が暮れるまで道で遊んでいた。この作品の場合は、作者は私よりずっと若い世代ではあるが、あるいは、鬼ごっこかゴム跳びか、かくれんぼかままごとか、もしかすると、「花いちもんめ」などのわらべ歌などが聞こえたかも知れない。

 「電信柱」は、私の住んでいた辺りでは「電信棒」と言っていた。木を丸太として電信柱に使っていたが、タールがにおっていたかどうかは、私の記憶でははっきりしない。たぶん木の保存用に塗っていたのであろう。茶褐色(黒褐色?)の一本一本に個性が感じられ、今の「電柱」と呼ばれるコンクリートの柱より、ずっと温みがあって親しいものであった。…と、言えば、この作品に詠み取られた場面は分かるであろう。

 今の子供たちには縁がない情景かも知れない(もっとも、たんに学校からの帰り道の情景として読むことも可能か)(8月2日追記。作者の世代からすれば、これは、中学校の部活か何かの帰りで、いつも、この電柱のところで友人と別れていた、とするのが、最も実際であった可能性の高い想定か)。

 

 

 

  鏡台はお化粧のにおい かあさんがすわると ちょっとどきどきする

 

気にしたことはないが、和室だと寝室(寝間)かその近くに鏡台があるというのが一般的かもしれない。においで捉えているところなど、女の子らしい感覚で感じたものか。

 

  外から帰ると暗くてばあちゃんがすぐ見えない へっついで茶が煮えている

 

「すぐ見えない」は「すぐ見える」を打ち消したものか。明るいところから、部屋に入ると、以前の家では、昼は電灯など点けていなかったから、目が慣れるまでは、中が見えなかった。そこに祖母がいて、少したってからその存在が見えてくるという、不思議な感じ。

 

 「へっつい」については作品の左に「かまど」との注がある。東日本のイロリの文化に対し、西日本ではカマドの文化があった。ひと昔前の農村の家庭風景が読み取れる。 

 

  風が()えてる つららが太くなるね 干し柿が甘くなるね じいちゃん

そとでは冬の嵐が吹き荒れているが、家の中では暖かい。 渋柿を吊るして窓のそとなどに干して、甘くなるのを待っているのであろう。これを少しづつ食べられるようになるのは、何月頃であろうか。

 「つらら」は、神戸あたりでも昔は見ることがあったが、近年は見なくなった。それが「太くなる」のは、よほど寒い冬で、あるいは雪が積もったりして、もっぱら家の中で過ごしたのかも知れない。 

 

  斜面の畑 乾いた土をひと(くわ)ひと鍬かきあげて見送る西日

 

  山かげのうめ場を見ぬように走る 赤子の死は悲しまぬことになっていた

 

  銀山で稼ぐ他国の女たちの盆唄 谷底の村に灯るはなやぎ

 

  月光は山なみに 畑の土塊(つちくれ)に こおろぎの震えるはねに

 

昔の農村がよく詠み取られている。今はもう見られぬ情景となっているかも知れない。 

 

 

  奈良町睦月 お地蔵さまの湯飲みに暑いお茶を注ぐ丸い背

 

 

 

  ここからの3首は「奈良スケッチ」と題する章にあり、奈良、あるいは奈良の面影を詠みとったものであろう

 

 

 「丸い背」は、かがんでいるからでもあろうが、情景のそとで、年老いた女性の長い年月を思わせもする。いまでも、地方へ行けば、土地の人が欠かすことのない日課としてお参りをしているからか、ときに町なかでであう情景でもあるが、昔話の中のひとこまのようでもある。

 

  夕映えはうすれ町家の瓦が冷えていく 二日(ふつか)(づき)()()を弾く(かす)かな手

 

  皇女(ひめみこ)の社の石灯篭が灯りはじめる 薄闇の中で赤い袖が翻った

 

 細長い町家は奈良にも残っている。古くからの寺社が奈良には多く、道を歩いていると、思わぬ所で行き会ったりもする。

 どちらの作品も、すこしメルヘンのような、シュールな奥深さのある世界を垣間見させてくれてもいる。

  

 以上は、深みと親しさと透明感のある描き方で書かれ、読者である私は見たことがないはずなのに、どこか懐かしい思いがする作品たちである。ほかの傾向の作品もあるが、引用が多くなるので、ひとまず、ここまでとする。

 なお、後書きによると、この歌集は1991年から2014年までの作品328首をおさめたもの。作者は、藤本哲郎氏の指導を受けて新短歌クラブに入会し、同クラブ発行、宮章子氏編集の、同人誌「潮」の同人となっている。奈良在住である。

 

 

 

2015510日 

 

 

  井川まさみ『桜の家』  (青磁社 2015年4月) 

 

 

 王朝和歌の時代より「ことば」と「こころ」のバランスのとりかたの難しさは言われてきた。「ことば」が多すぎると、あるいは表現が過剰になると余情がなくなり、「こころ」が大きすぎる、あるいは思いが過剰にあふれると、意味が通じなくなる。そのさじ加減は難しい。作者により、作品により、そして読者により、バランスの最もよしとするところが微妙に違っているかもしれない。 

 

 この歌集を読み始めて、まずはじめにバランスのよさを感じたのは、〈わが子〉を詠んだ作品であった。ふつうに考えれば、自分の子どもを歌に詠もうとすると、「情」が過剰になったり、説明のことばが入ったりしやすいのではないかと思うのだが、意外にそうとは限らないのかもしれない。

 

  七五三花簪の揺れゆれてもみぢ坂行く子の澄まし顔

 

  瞳澄むみどり児いだき春疾風ふきくる街の角ひとつ過ぐ

 

  手に触るるもの試食する這ひ這ひの子の好物はスリッパ・鞄

 

  一心に白菜洗ふ足元にをさなの泣けば飼猫も鳴く

 

  添ひ寝して触るる子の耳の冷たさよ粉雪の舞ふ睦月の夜更け

 

  摘みたての苺に練乳かくる朝娘と恋の話などする

 

こうした例では、ことばが過剰にならず、思いとつりあって適切におさめられているように感じられる。おのずから詩情も豊かである。

 

 

 情をあらわには言わずに、適切にバランスよく詠みおさめられている例は、ほかの題材にもある。

 

  秋深き夕光のなか石垣にはたはたはたと蛇の抜け殻

 

  爪研げる柱の傷の残されて積みしままなる猫缶三つ

 

  錆目立つ手摺に鳩の群れてをり誰も使はぬ非常階段 

 

 

 社会へと批判精神が動くと、日常のものながら、意外な情景が見えて来る。

 

  間断の間もなく回り来る鮨を流れ作業で食む人の群れ

 

  成長のたびに値段の下がるらし半額セールの札付くる犬

 

  梅雨の日の空席目立つ電車より化粧途中の少女降りゆく

 

 これらはおのずから、苦いユーモアの感じられる作品となっている。

 

  新聞に戦争記事の増してきぬ黒土に染む八月の雨

 

「黒土」が戦争による焦土の心象風景や、暗い心の中の不安を呼び起こす象徴的な表現ともなっていて、批判性が深い。

 

 

 なお、作者は四国中央市在住で、平成8年に「白珠」に加入している。

 

 

 

 

312

 

     小畑庸子『白い炎』(再読)

 

 

 

去年の6月1日のブログに取り上げた歌集ではあるが、今回直接、作者からいただいて読み直した。読み直すと、去年の5月の末に図書館で読んだときとは違っていた。あのときも一般的な日常詠とは違うとは感じたのだが、どう違うのかは見えていなかった。

  

  スリッパの裏にて叩かれさうになり思ひ出したり宙をとぶ(すべ)

 

187ページある歌集の、ここまで、つまり40ページまで読んで、立ち止まった。叩かれそうになった「私」はゴキブリである。人間の「私」ではない。一首前に戻って、「膨れたる腹を叩かれ若者の掌を人間の血にて汚せり」を読み返すと、この作品の「私」は「蚊」である。さらにその一首前の「その身より重き蟻巻を運びあげ小菊の柔き蕾に添はす」のは、「蟻」か。

 

 この歌集には小見出しや題目はない。大きくⅠからⅣに分け、その中を適宜「*」で区切っているようである。この一連を、ひとまず「*」のある所まで戻って、この章あるいは節の冒頭に当たる所を読み直す。 

 

  山裾のあをき林に匿われ小さき沼は青をたたふる

 

  くれゐのスポーツカーがスピードを落として過ぐる沼のほとりを

 

  沼に沿ふカーヴをすぎて草叢に脱輪なせり黒きポルシェは 

 

  薄き翅をひたすら隠し天道虫ポルシェの熱き窓を這ひゆく

 

  若ものに打ち払はるる直前に飛びたちにけり翅をととのへ

 

この4首目までは天道虫へと情景の焦点を絞り込んでゆく序章のような場面である。5首目で突然、「私」が、4首目を受けて明示を省略した「天道虫」に替わる。もっとも、この「天道虫」を主人公とし、それを見ている別の、作者に当たる「私」を想定することも可能か。その方法で次の一首、つまり前述の「蟻」「蚊」を考えることもできる。最後のスリッパで叩かれかけた「私」は、「ゴキブリ」とは書かれていないが、「スリッパの裏」からそう推測される。もっとも、そうだとすると、突然、場面が屋内へと飛躍することになる(もっとも、3匹目の「蚊」の場面も屋内だと考え直すことができる)。それに、スリッパで叩き潰されそうになって飛ぶことを思い出したのは、短歌の中では、主人公であるとともに視点人物でもあるとも考え得る存在である。あるいは、そう錯覚しそうなリアルさがある。念のため、論じた作品4首を記載の順に並べておく。

 

  若ものに打ち払はるる直前に飛びたちにけり翅をととのへ

 

  その身より重き蟻巻を運びあげ小菊の柔き蕾に添はす

 

  膨れたる腹を叩かれ若者の掌を人間の血にて汚せり

 

  スリッパの裏にて叩かれさうになり思ひ出したり宙をとぶ(すべ)

 

 

 

 この一つ前の節では「花ひらきたるや忽ち死を悟る沙羅も木槿も白粉ばなも」がある。この咲いている時間の短い花たちは、植物であるにもかかわらず「死を悟る」のである。その次の「盂蘭盆の墓地の口にて六体の小さき仏(けむ)にしはぶく」では、石の仏であるにもかかわらず、仏たちは「しはぶく」のである。 

 

 その前の節では

 

  人工湖にたたふる水に六本の足をすすぎて銀やんま去る

 

  ふる樫の木を登りゆくくちなはの記憶のなかの経文ひとつ

 

  雌ぎつねの顔をあたりし剃刀は夕べ朱いろの刃をかかげたり

 

このどこか人間的な面影を持つ「銀やんま」「くちなは」「雌ぎつね」(あるいは「剃刀」)たちはどうであろう。歌集を逆に読んで来て、ときに知らぬ間に、神話あるいはメルヘンの世界に近づいたような雰囲気を感じる。 

 

 

 さらにその前の節では

 

  六月の野道に熟れしあかき実はふはふはとせり幼き舌に

 

  蛇となりてそれの苺を食らひたる舌くれなゐに細く燃ゆべし

 

  昼月の淡き下にてくちなはに呼ばれ入りゆく森の小径へ

 

と、蛇苺と子どもをめぐる物語を読んでいるような気になっていると、急転直下

 

  ふたり見しあふちの花はいと小さき紫なりき淡く匂ひき

 

  コンサートホールを出でて瀝青の街路に出づる傘なきふたり

 

と、現在のほのかな恋語りのような情景が描かれて終わる。

 

 

 

 読み返せば、すでに歌集の巻頭の

 

  涙嚢を豊かに彫られ石の(ひと)風止むときに眼ひらけり

 

から不思議な物語が始まっていたのか。

 

  自らのそびらを知らず千年を人間の背の過ぐるを見たり

 

  己が背を崖より剥がし歩み出す新月の夜の石の仏は

 

  尼なりし僧の貌もついち人の石の胸先風にをののく

 

  首のなき男にけふの空蒼きことを告げ遣る初夏の風

 

また、後日、気を静めてからゆっくりと読み直してみよう。ともかく、「すごい!」の一言。

 

 

 

 

 

2月21日(夜、懇親会から帰って) 

 

 

            兵庫県歌人クラブ 歌集批評会(2) 

 

   武富純一歌集『鯨の祖先』(ながらみ書房2014年10月)

   のユーモア(発表のためのメモ)

 

                    

                (2015年2月21日於兵庫県勤労市民センター)

                            レポーター  小谷博泰 

 

   自分ネタ                         

 

    今月のこんちくしょうのありったけまとめて海に捨てにゆくのだ

  サラリーマンの哀感。すまじきものは宮仕え。

 

    月曜には逃がした魚も倍ほどに育ち社長の耳に入りぬ

  逃がした魚は大きい。土曜日にあったことの噂が、月曜日には社長にまで届い

  ているというせちがらさ。だが噂が魚釣の成果であるところ、なごやかな会社

  とも。逃がしたのが商談でなくてよかったとツッコミ。いや逃がしたのは女じゃないか  とゲスな再ツッコミも。

 

    亡き友の十八番を歌いたり「元気ないぞ」と掛け声のあり 

会社の付き合いに、つい個人事情がまじった。

 

    おまえではないかと母より電話あり銀行強盗うつむく写真     

そりゃ親の買いかぶりだとツッコミ。いや、日頃の貧相な姿は、よく見ていると再ツッ   コミ。

 

    酔ったオッサン傾いてきたとかメールされているのだろう我はいま  

飲み会の途中でもメールするのが今日日の若いもん。あいては恋人か若夫婦の奥さんか。それにしても職場では軽く見られている僕。

  (3月12日追記:さる文化センターでこの作品を紹介したら、女性受講者がたから、この場面は電車の中で、メールをしているのは女の子との意見があった。なるほど!)

 

    出た腹を無理に凹ませ歩きゆきプールに入りてホッと息抜く       

この自意識には共感を呼ぶ。ただし、大阪でも男のみに許されるギャグか。

 

    ごみ袋さげたる妻がやってきて缶、菓子袋、我を押し込む     

 煮ても焼いても食えないおまえは燃えへんゴミの袋やでとツッコミがありそう。ただし、ボケとツッコミの有効なのは関西で、もし東京でこれをやると、話し相手がスーと離れていく。そしてボケとなるはずの段階で、あの男、どこかおかしい(変だ)とか言い伝えられてしまう?

 

東京―武士の都(一生に一度片頬で笑えばよい)東京のおもしろ短歌は一般的に

声を出しては笑えない。

大阪は、わろてもろてなんぼの商売人の町、笑いの町。(武富氏は大阪在住)

 

 

 

 

   家族ネタ

 

    去年まで並んで釣って笑ってた娘が我を突然捨てる    

    髪色は着替えるものとなりたるか一日で変わる長男の頭         

    祭より戻る次男はいつよりかカメも金魚も連れ帰り来ず         

    子の締めるペットボトルの栓きつくなり始めたり冷茶を注ぐ                   楽しみに取っておきたる草むしり妻が勝手にやってしまえり       

残り物のタッパー並べ「さぁ今日はピクニック風」と妻は叫べり

娘よ旨き肉ジャガ作れ息子よだまさるるな肉ジャガなぞに 

 

   「なり始めたり」「やってしまえり」「だまさるるな」など、口語化可能の

  ところに強引に文語を使っているのは、表現効果を考えての意図的なもの。

  結果、独特の口語文語混用体になっているが、それにもかかわらず口語調の一

  種として抵抗なく読める。

 

 

 

       他人ネタ

 

   信号はまだ赤だけど三人が先頭を切る大阪の街             

   バイバイと笑顔で別れるカップルが互い違いに二度振り向けり

   「ですよね」の応酬となる二次会の触れて触れない乾杯グラス      

 

 

 

       犬ネタ・機械ネタ

 

   捕まえたと我は思っているけれど「捕まってみた」この犬の眼は     

   我のゆく部屋から部屋へついてきて見つめればつと目をそらす犬    

 

      〇

 

   わが手より三歩駆け出し待っている自動改札茶色い切符         

   「待て」と言われオスワリしてる自転車がガラスの奥で舌出している   

   真夜中の自販機ジジジと千円を吸い込みじっと注文待てり

 

 「擬人化」という捉え方は、微妙である。擬人化は表現上のレトリックを言うが、ペットや機械は中身から人間化しているのである。日本ではもともと動物と人間に「人間は万物の霊長である」というほどの分け隔てはない。自動改札の面白さは、擬人化して表現したからではなく、機械そのものが人間やペットに近づいてきているところをとらえたからではなかろうか。 いまに、人間より人間らしいロボットが現れるであろう。(追記:この作品の場合は直接の対象が機械そのものではなく、機械が動かしたもの―飲み込んで吐き出した切符であるので、少し事情が違っているか。ちなみにこの「飲み込む」「吐き出す」は表現上の擬人法のつもり)。

 

      言葉ネタ

 

    懸命に言葉あつめて幼子はギックリ腰をビックリ腰と          

    枝豆は大豆なんだと知った時この世のしくみが見えた気がした               たそがれの電車の響きは繰り返す「なに言うてんねん、なに言うてんねん

「わかって」の「てや」のあたりに立ちこめる決して譲らぬしょうもない意地   

 

       (関西弁)

 

    「まぁええか」呟くほどにまたひとつ失うものが増えてゆきたり     

文語・口語・関西弁の混用

 

    方向が判らぬ時の知恵言えば娘は返す「聞けばエエやん」        

    「入れてんか」半歩詰めては一人増ゆ梅田地下街立ち呑み串屋      

    梅田なんば梅田本町天王寺そんなとこやで東京いうのは        

    置いとけばそのうち見つけて食いよるわと言わんばかりのまな板の上  

    コスモスは揺れてコスモス卓上の揺れぬコスモスあかんコスモス   

    「黙っとこ、もうすぐなんかアホ言うで」みたいな顔で我を見る妻   

    なぁアリさん触覚あて合い何してるんわしの悪口いうてへんか     

関西弁のニュアンスが面白いが、これは他地方の人には分かりにくいか。

                   (傍線部分   は関西方言、記小谷博泰) 

 

       まとめ

 

一、やわらかなユーモアによる笑いがあって、ほのかな哀感を覚えることはあっても、鋭い批判や風刺のトゲを感じることはあまりない。(読者が私の場合)

 

一、「笑われてなんぼのもんや」と言われる大阪では、自分ネタは自虐ネタにあらず。親愛なるゆえに家族も機械も言葉もユーモアの対象(あるいはモチーフ)になっているのである。

 

一、大阪弁が話し言葉傾向のある口語文によくとけあっていて、「大阪弁短歌」の数も多い。文語も口語文の中に助動詞「ぬ」「り」二段活用動詞の終止形―る、連体形―るる、等がある。独特のリズムを感じさせる癖のある文体によって個性をあらわし、口語文の単調さ平板さを防いだものか。これによって含羞、照れ隠しを感じるときもある。(読者が私の場合)

 

一、向陽性 「どんぐりのごとき小さな楽しみを常に三つ四つ置きて拾わん」 四二ページ

 

ユーモアと大阪弁は、関西出身者の作品には珍しくはないが、この歌集はその量としての多さが目立つ。

ソフトなユーモアと自然な大阪弁。特に大阪弁を口語として、多数の短歌に取り入れたのがすばらしい。

 

 

 

2月21日  (夜)

 

           兵庫県歌人クラブ 歌集批評会より(1)

 

 

  久米川孝子歌集『ことばの銀河』(角川学芸出版2014年9月)

  の生活と抒情(概略)                                                             

 

                 

           (2015年2月21日於兵庫県勤労市民センター) 小谷博泰

 

              (注:この歌集についてはレポーターは落合けい子氏で、

                 小谷は副レポーターの立場だった) 

 

  一 状景の描写と叙事                                                    

 

    一戸建てに一人住みゐて一日中一人芝居のごとくに暮らす 

  自分をつきはなして客観的に描く。一ページ目の二首目にあって、序章のような、あるいは全体のまとめのような重要な位置にある作品。 

 

    テーブル(     )にこぼせし散薬かき寄せて指先に知るしのびよる秋 

    無用なる石臼(いしうす)雨水(うすい)溜まりゐて風に動けり(はな)(いかだ)いくつ 

    何をしてもしんどい夏のひと日暮れベッドに投げ出す火照(ほて)りし体

 

「しんどい」は共通語としても使われるようになったが、ここでは元の、意味が重層する関西弁の、実感のこもった「しんどい」であろう。

   

 

    東京弁の姉は()()込み(、、)うち(、、)()け久びさに会ひ話が弾む 

 

「東京弁」は大阪弁で東京語のことを言う。東京では日常生活でボケとツッコミという会話形式がないので、関西人にとっては、話に遊びが少なく、まじめすぎて肩が凝る。姉は東京生活が長くて東京弁で話すようになっているが、それでもボケとツッコミという会話パターンが蘇って、関西に住む妹とくつろいだのびのびとした会話を楽しんでいるのだ。「うち」は作者の世代では関西弁である。

 

 

 

  二 背後の批判精神と思索 

 

    青春(    )に戻るを神が許すとも戦時の女学生に戻りたくなし 

    いただきし土筆(つくし)のはかま取りながらヘルパーと語る暗き世相を

 

    原爆投下の刻に鳴りゐるサイレンが里山の蟬の(もろ)(ごゑ)を消す    

 

    人間は()が顔みたることのなし鏡の顔は〈鏡を見てる顔〉 

    同年輩の老いが助かる報道にふとも憂ひぬその人の今後    

 

   

    三 彼方へ寄せる想いとほのかな浪漫性 

 

蓬莱山に鳴きつつとべる迦陵頻伽(かりょうびんが)いかなる声かと思ふもたのし  

 

寒山(かんざん)拾得(じつとく)軸よりいでて紅葉焚き酒酌み交す秋の()の声  

回転ドアまはりて若葉の並木路へガラスのやうな少女出で来ぬ 

夕風にそよりともせぬコスモスは自らの光ほのかにまとふ

耳遠きわれにも聞こえざざざあつと雹降る()()たちまち異界   

 

き堂に十一面観音は素足(すあし)なり()()じんじん雪降りつもる

誘蛾灯ともれるごときコンビニに夜半の若者すつと吸はるる    

 

(丁寧に描かれていて、短歌の伝統を踏まえた、繊細で豊かな感性と重厚な読み口を感じた。)

 

 

 

 

 

215

      尾崎まゆみ『明媚な闇』(短歌研究社200912月)

 

 この歌集はインターネットで見つけて買った。買ったが開けても見ないうちに消えた。

 そして今日、ほかの歌集を探していると、これが畳の上の本の山の頂上にあった。探しているうちは見つからない、ということはよくあること、と思いながら読んだ。

 『時の孔雀』が2008年、『綺麗な指』が2013年の出版だから、この歌集はその中間のような歌風か、と思っていたのだが、その予想ははずれた。

 まず身体語彙が多い。身体語彙は前後の二歌集でも意識されたが、この『明媚な闇』ではさらにきわだっている。慣れていない私には、様々な身体語彙が、のべつまくなしに現れるような感すらする。

 

  花は地に還るよろこび ひいやりと宝石の眼はみつめてゐたる

  からだには汗の匂ひをひめやかに滲ませる(ひかがみ)といふ闇

  蜜のしたたる雌蕊(しべ)のしめりにやはらかくからめとられて肉感の闇

  白玉の首飾りゆつくりと置くやうに背中の骨をねかせる

 

 「膕」については、思わず辞書をひいてみた。読み返すと歌集にすでに「ひかがみをふたつに折れば(あなうら)ひいがあってうしみ」注意書った皮膚ら「水晶体鼓膜で、身体語彙多様そうらいだ。和歌伝統的は、あないら、というそうだ。

 (一首一首に幻惑されもするが、どこかひえびえとした感じもある)。

 

  次に神戸の地名を初めとする固有名詞が多い。これは阪神淡路大震災が影響しているであろう。それに、帯に「モダンな港町と思われている神戸という土地も、摂津と播磨の境。その上に流れる「今」という時間が、土地の持つ物語を架け橋として、過去と繋がっている選ばれた場所ではないか」とあるように、「神戸」には『万葉集』『平家物語』などの文学書、歴史書も深くかかわっている。 

 

  生田川空をよぎれる鳥かげを射る まばらなる痛み芽吹けば

  その石段はあの震災の朝を知る多井畑(たいのはた)八幡宮(やくじん)のあ

 

ところで、こうした語彙の元にある身体部位や土地の持つ現実感と、尾崎まゆみの所属してきた「玲瓏」の塚本邦雄式の前衛歌風とがどのように繋がるのか、あるいは繋がり得るのか。今回の読書では、そうした所に興味を持ったが、それは後日にさらに考えることとして、今はつぎのような作品を味わっておきたい。

 

  ゆふやみに潮のかをりは強くなる翅をもがれし蝶をしづめる

  月光のしたたる夜のヴァイオリン道行きの黒揚羽ひらひら

  手鏡にみちたる闇に一対の兵士の(まなこ)

  夏のなきがら()銀杏(ぎんなん)街路

  蝶のまだ生まれぬ森の暗闇の山紫陽花の白いかたまり

 

   

 

  2月7日

      廣庭由利子)黒耶悉茗(じゃすまんのわーる)ながらみ書房20143月)

 

 意味不明の奇妙な歌集名だと思って、敬遠していたのだが、手元に浪漫系の歌集が少ないので、きのう、思い立って読み通してみた。

 

  旅先の海辺の部屋の灯を消せば月夜しきりに魚のはねる

 見たままのようにも読めるが、美しく構成された奥深い情景、即ち一種の心象風景のようでもある。

 

  西窓に滴る夕日()みながら梅雨にふとれる鱧を湯引き

 梅雨の終わったころの、西日の暑さ、けだるさがよく表れている。ただし、どこか絵画的な構想が感じられる。感受性が刺激されるからであろう。

 

  生煮えの月がふらふら昇る夜は素肌に蝶を飛ばせて遊ぶ

「月」がどこか官能的である。こころよいナルシシズムがある。ナルシシズムといっても、作品の「私」が作者だというわけではない。

 

  なたね菜の蕾かじればほろ苦く男草履に長くる春の日

  夕街をちんどん屋がゆく吹つきれた顔の女が太鼓をたたき

  今きみは東京谷中の坂のした紅きはな緒の草鞋を買ひて

  逢ふときは雨の降るひとシャンパンの泡のきららに酔ふといはなく

  待宵の半月落つる街川を京のうなぎを抱いてかへる

現実を詠んでいるようでもあるが、この現実は心の中の、あるいは映像の中の情景のようでもある。新古今集を思わせるような構想方法である。深読みになるかも知れないが、「草履」や「月」にフェティシズムを感じるというような鑑賞の仕方はどうであろうか。

 

  しやうがないこの世に生まれてしまつたらそんな猫たちのゐる秋の日

この猫たちの前世はどんな世界の何だったのだろう。読者である私が次に猫に生まれ変わってしまったとしたらどうであろう。やはり、しょうがないか? 恐怖としての輪廻転生を思わせながら、さらっと乾いた感じの詠み(読み)口である。

 

  秋されば妙音天に似せてみるひとと逢ふ日の長き眉引き

  乳色の漿(えき)無花果解きサロメ

一首目の「妙音天」は知らないが、イメージはできる。歌や音楽に関わる天女か女神を想像しておく。

二首目の「無花果」は分からない。分からなくてもかまわないが、もしかすると神話か戯曲か何かにヒントがあるかと思うと落ち着かない。サロメを呼んだのは、エデンの園にあったとも言われている無花果の木だろうか。それとも「無花果」と名付けられた娼婦か巫女であろうか。あるいは「無花果は」で、文をいったん切るか。「髪を解きたるサロメ」にはインパクトがあり、全体として耽美とエロティズムを感じる。

 

  夢たがひ観音さまの肩に降る雪ははなびら花びらは雪 

この世とかの世がだぶっている結界のような時空。そこで世界を魅惑しているかのような夢たがい観音。美しくも壮絶な言語空間である。ふと、死ぬときに見る幻想を思った。

 

  ゆふさりて雨降りいづる神垣の(から)椿

  わがものにならぬをのこを恋ふるやう〆張鶴を人肌で飲む

  一列に農耕牛の帰りゆくハノイの畑逆光のなか

  海鳥の真白き群れのきらめける海と空との溶け合ふあたり

  沿線に赤き光はみちみちて姫椿咲くところをすぎつ

叙景歌においては写真より絵画を思わせる描き方である。色彩は柔らかで豊かである。そして、どこか物語りや現代詩のような雰囲気がある。

 「あとがき」によれば、現在、短歌結社の「未来」と「玲瓏」の両方に作品を発表しておられる。この第一歌集の「跋」は、「玲瓏」の塚本青史氏が書いていて、なるほどと思った。

 

 

 

 

      

 

 

  2月3日 

                水谷きく子『介護日和』(北洋館2014年9月)

 

 

 去年、4分の3ぐらい読みながら、後を読むのを忘れていた。

 

 介護施設に勤める作者の、30年間の介護関係の短歌を集めて一冊にしたもの。1ページあたり5首が収められ、「あとがき」などを除くと191ページになる。 

 著作の一覧表によると、作者はすでに、この歌集へ介護の短歌を抄出した、元になった5冊の歌集と、他に2冊のエッセイ集を出しておられる。 

 

  ともに逝くことあたわねば残されて形見となりし指輪を外す 

  面会の若き娘の振り袖がその夜の老婆らの話題となり 

  慈しみ育てしはずの三人子が老いの枕辺でののしり会えり 

  嫁という美しき人来て「お姑さま」と呼べば老女は怯えて泣けり 

 

職場のことを詠んでいるから、いわゆる職場詠と言えようか。介護される老人たちを詠んでいることが多い。介護する者として詠んでいる場合は職場詠の典型のように思われるが、上のように、介護される者を客観的に詠む場合には、どこかルポルタージュ、ノン・フィクションなどの記録文学に近い。もし、作者が、介護の現場を取材して記録するライターだったら、作品がそう呼ばれるところだろう。 

 

  不機嫌にむつき替えいしわれなるか痴呆の老いが媚びてもの言う 

  泣き縋る者なきことの清しさに息つめていまきみを見送る 

  精神科に明日は送らん老いの髭眠りいる間に刻かけて剃る 

  訪ね来ぬ家族恋い泣く夜の老いを抱きしめて繰り返すわが子守歌 

 

二首目は臨終の場面であろうか。いずれも惨憺たる思いにゆさぶられる作品である。これは、読み手である私には、介護される側に思いを移入する部分が大きいからであろうか。 

 

  病廊に片よせられて昨夜逝きし老婆の使い古せし歩行器 

  施設という語彙にこだわり家族らは老いを預けてそののちは来ず 

  昨夜巻きし置時計の針止まりいて検死終われり雨降り出ずる 

  進行の止まりし癌と思いいしに老いの乳房が裂けて血を吹く 

  襲いくる痛み訴うる力尽きやがて安らかな面輪となりゆく 

  施設に長くありしことさえ世に恥と声ふるわせて娘は言い放つ 

 

死にゆくものと、送る家族と、まるで小説の一場面のようであるが、それが短歌であらわされることによって、さらに激しく心が揺さぶられ暗澹たる思いとなる。

 ただ、文学として見れば、短歌〈だけ〉で表されるには惜しい情景とも思う。歌集にはまだ先があるが、この辺で筆を置く。

 

追記(2月4日)

歌集の続きから何首かを引用しておく。私にその鑑賞を記す余裕はまだない。

  人形をゆき子と呼びて片ときも離さざりしを柩に入れる

  お互いにお互いを夫婦と忘れ果て茹で玉子ひとつ分けて食べおり

  やっと楽になったねと言い死後処置は厳粛なれど儀式にはあらず

  病みつぎて勤める日々にいつとなく飲みなれし薬の副作用出る

  にぎり鋏で舌切り放つ狂乱を予知し得ずして夜に入りたり

  ICUに入れられ手足縛されてきみは生かされなお生かさるる

  定年前の看護婦の死の遠因を過労と詰め寄る君も病みいる

  辛うじて自傷行為は収まりて呆然と坐す部屋隅の闇

  いつよりかわれを娘と思いいる老いの爪切る梅雨の日暮れは

  凛々しさと幼さ残る少年兵の遺影枕辺に長く病み臥す

  朝の光と日暮れのひかりは異なりて空きたるベッドに夕日射し込む

 

「お婆ちゃんっ子だった私はお年寄りと一緒にいると気持ちが落ち着いた。まさに毎日が「介護日和」だったのだ。」と「あとがき」に記されている。 

 

 

1月4日

     楠田立身『白雁』 (ながらみ書房 2014年11月)

 

  取り返しつかぬことやり直しきかぬこと酔うて眠ればまた朝がくる

  ころころと祈りにも似て悲しげな河鹿(かじか)の夜語り臥床に聞けり

 

まさにその通りだなあと、自分の気持ちを代弁してもらったような気がして共感する。東洋的な感遇であろうか。後悔と諦念のうちに、そしていささかの安堵のうちに、日々が過ぎてゆく。蛙にも心を寄せるのは、これも東洋的な心情のありかたであろう。

 

  霊安室に妹のなきがら閉ぢ込めて出でたり渋谷の光の海へ

  妹の死因は働き過ぎならむ白布の下の細き相貌

  六十四年前の春なり威嚇射撃に怯えつつ妹と脱北せしは

 

たんたんと近親者の死が詠まれる。一幕のドラマのようでもあり、こうした「死」のあわあわしさは、現代日本らしい情景かなとも思われる。

 

  わらべ唄・おとぎ話の消えし路地「何でも買ひます」の回収車くる

 

時代の移り変わりが的確に詠み取られている。これで良かったのかどうか、とにかく「路地」は変わってしまった。これは子どもたちの世界が変わってしまったということでもある。現実が変わったというだけでなく、精神世界も変わってしまっているであろう。

 

  死にたかりし昨日のわれを翻し咲き遅れたる桜(はな)を揉む風

 

精神状況において共感を呼ぶところが大きい。自然の穏やかさと激しさと、それに癒されるのも東洋的な心情のありかたか。

 

  患者らの寝静まりたる深更に痰をともなひ誰かしはぶく

  癌病みて死なざりし身にむず痒く蓮華畑の香がよみがへる

 

「あとがき」に「想定外の晩節である」とある。いかにも入院は想定外であったであろう。「此岸に留まることができました」とあり、無事を祝いたい。

もっとも、我々すべての生きとし生ける者に、その誕生の瞬間から「死」が想定されていることを思えば、慄然とする。

 

  子どもらが路地にて交す〈さやうなら〉春寒をこもる書斎にとどく

 

歌集本文はこの短歌によって閉じられる。

 

 

 

 

 

13 

     落合けい子『赫き花』 (現代短歌社 201411

 

まず、歌集冒頭の2首を引用する。

 

  入りつ日の海に触れゐるひとところ左へ動く波黒く見ゆ

 

  加速して海に溶けゆく日輪の赫きはまりて闇になりたり

 

真っ赤な入り日と黒い波、そして闇。歌集の前半では、「闇」と「黒」に注目した。 

 

  列なりて夜汽車の黒く通りゆく走ればひよいと飛び乗れさうで 

  闇を裂き闇より黒く連なりて夜汽車過ぎつつしづかなりけり 

  ひび同じ六時四十分に帰り来てつばめは黒きまなこを閉ぢる 

  朝早く見事に黒き猫の来て庭をよぎりぬ一瞥をして

 

数は少ないが、特に「黒」が印象的である。  

「闇」は夕暮れの真紅の色に続く夜の暗闇を表わすようだ。 

 

    入り際のからくれなゐを引き寄せて立つ曼珠沙華 あなたを見てゐる 

  暮れ方を迷へとばかり群がりてからくれないゐに立つ曼珠沙華

  曼珠沙華くれなゐに裂けにんげんの滅びしのちの風景が見ゆ 

  秋されば一気に赫し曼珠沙華ゆふぐれどきを鞭打つごとし

 

「赫」は曼珠沙華のくれなゐであり、海に入り際の日輪の色でもある。歌集の題名の「赫き花」は闇になる寸前の日輪を指してもいるのであろう。

 

「黒」は汚れではなく、むしろ美しさを感じさせる。「赤と黒」を「生と死」の対比になぞらえるなら、この死は美しい……少なくとも汚れではない。 

 

 落合けい子氏の歌集といえば、どちらかというと、昼は電気を点さない昭和期の、ぼんやりとしたモノクロ調の家の内の、なつかしい雰囲気を感じていた私には、この強烈な「赤」と「黒」は意外であった。

 

    地を這ひて立ち上がりまた伸び上がり絡みあひつつ葛の群れゆく

   車まで出迎へに来し孔雀らはほとんど羽の抜けてゐるなり 

  三年のご奉仕なれば散りそむる花にうたれて巫女と連れ立つ

  喪の家のキッチン赤く灯りをり花のごとくに人らゆれをり 

  翳りくる昼のひかりにざざざざと曼珠沙華のしべ動きはじめつ 

 

 「赫き花」とは、一瞬をあの世とこの世に咲く曼珠沙華であり(「この岸に花赤く咲きかの岸に赫き花咲くけぢめのあらず」の「赫き花」にも私は曼珠沙華をイメージした)、同時に海に沈む直前の日輪であるか、とまで考えて、落合氏の歌集を読むときに、私が避けている重大事が一つあるな、ということにまた思い至った。

 

  母よりも年を重ねて母さんはわたしの生みし子供のやうな

 

うむ、この歌集はもう一度、読み返さなければ……。

 

 

 


12

 

    葛西水湯雄『やぶれかぶれ』 (くれは草房 20149月) 

 

 ブログへの書き込みをやめてから3ヶ月が経った。 

 困ったことに、感想の書き込みをやめると、あまり歌集を読む気にならなくなる。半年間、読んでは書く習慣のようなものができたので、書き込みをストップすると、逆に読まなくなって、従来以上にいただいた歌集がたまる一方となる。すでに読まないで溜まっている歌集の上にそれが積み重なる。読んでも浅い読みになって、印象にも記憶にほとんど残らない。で、ここに書き込みを始めた。  

 

  ありあまる時間のなかに埋もれゐてなすすべもなき老いのいらだち  

 

 「偶感」とか「述懐」とかいう創作のしかただろうか、自分の人生を思い返し、生活の現状を思い直しして、感想を述べる方法が短歌にはある。もとは漢詩、つまり古代中国の韻文から影響を受けて生まれた創作方法であろう。

 

 「白珠」に限るまいが、短歌では偶感による作品も少なくない。この詠法では、ずばり読者に共感されるという面での詩的感動を得ることがある。一般的に詩歌では、生活の場などで見出した事物に寄せて詠むということが多い。発見し(気がつき)、その物事の意外性によって感動する(感性によって心が感じ揺り動かされる)ということがある。その一方では直に思いを述べる方法があり、読み手の感動は、概念をもとにした共感によって引き起こされる。この作品などは、その例と言えるであろう。一般的に境遇や年齢が近いと共感が呼び起こされやすいと思われる。とすると、すでに私は氏の世代に近いのであろう。

 

  咳ばらひせしあと音のひとつなき部屋の暗さにともす昼の灯 

  牛丼に腹を満たして出でくればおほつごもりの夜もふけにけり 

  花の名も木の名も思ひ出せなくてたたずみをりぬ園のゆふぐれ 

  地下鉄に乗つてはみたが行く先の決まらぬうちに終点に着く

 

これらは短歌に書かれた生活や境遇によって共感を覚える作品といえようか。

 

  パンパンといふ語も死語となりにけり神戸元町日暮れをあゆむ

 

これなど、読んですぐ共感できるのは、私よりも上の世代で、昭和20年代はじめころの元町界隈を知っている方々となろうか。

 

  夕あかりいまだ残れる路地裏に今年また咲くおしろいの花 

  きはちすの花が今年も咲きにけり路地の奥なる屋敷の跡に 

  近頃はあまり見かけぬ野良犬が暗き路地よりぬつと首出す 

  町内の安全祈る蝋の灯が路地のお稲荷さまにともりぬ

 

この「路地」は今もある……のかどうか。たぶん今もあるのだろうが、作品に詠まれたその路地は、たぶんに昔の雰囲気を伴っている。葛西氏は大阪在住である。

 

  雑貨屋のおつた婆さん手招きしまだほくほくの焼き芋呉れる 

  お隣の一人住ひのをばさんが大きな桃を一つ呉れたり

 

昭和も前半期だとこうした光景も日常的にあったと思うが、現在ではあまり経験しない懐かしいものとなっている。思い出が記憶の断片となり、事実とは離れているかもしれぬ心の中の出来事ともなる。ちなみに葛西氏が所属している「白珠」は、虚構を認める短歌結社なのである。

 

  あの人に会へる気がしてゆく街の花鋪に匂へり水仙の花 

  沈丁花の香りただよふ木下闇告白をしてくちづけをして 

  君とゐるだけで幸せだつた日を思ひ出させるコスモスの花

 

しかし、夢も覚めるときはある。

 

  雨に濡れ郵便物が戻りきぬ料金不足の付箋をつけて 

  肩叩くものありしかば振りむける途端目覚めぬ誰なりしかな 

  溶接の火が明滅をくりかへす小雨にけぶる工事現場に 

 

    

          

 

 

 2015年11

 

      王紅花『夏の終りの』 (砂子屋書房 20088月)

 

 「向こうの世界」にもいろいろあって、たとえば鏡のなかに映る世界は、現実にそっくりだが、左右が逆である。ふつうは無味、無臭、無音である。そして、その奥はない。少なくとも、見えない。アリスの「鏡の国」はファンタジーで別として、実際には、鏡に映ったままの世界は、現実の左右を変えただけの世界であり、現実を離れて飛翔はしない。

 

 王紅花の描く世界は、向こうの世界ではあるが、やはりファンタジーというより、どこか現実を見ているような、あるいは現実の隣のパラレルワールドを見ているような近さがある。作者は近年、ますます現実に近づいているようにも見える。作品を単独に1首だけ見てしまうと、ただそのままの現実を詠んだものと思えるものもある。

 

  暗き出湯につかり脚伸ばすその脚の上にランプが逆さに燃えて

  鰐のマークのポロシャツを着て本を読む少女 無臭のゆふまぐれなり

 

歌集の最初のページにある2首。小見出しは「夏休み」で、11首が収められる。3首目に「わが山荘は巣箱のごとし登りゆく路から木の間に見え隠れして」がある。ここは山間の避暑地で、図書館や料理教室などもあるらしい。「ねつとりとした波が砂浜に貼りついて戻つてゆかない北の海です」と「海」もあるから、海にも近いのかもしれない(あるいは写真か絵の海かも知れないが)。「去年この箱から逃げし鈴虫の子かもしれぬ 窓の下にて鳴くは」とあるので、「私」は去年もこの避暑地に来ていたのだと読み取れる。

 避暑地はもともと自分の家ではありながら、ふだん生活している自宅とは離れている別世界でもある。現実の作者も山荘という別世界を持っていて、そこで夏を過ごしているかのようである。しかし作品に現れたこの避暑地は、現実の避暑地とも、さらに少しずれているようでもある。「ランプが逆さに燃えて」とあるが、メルヘンの中の光景のようにも感じ取られる(追記2月4日:逆さに燃えているのは、湯に映ったランプだからかも知れぬ)。「無臭のゆふまぐれ」からは、匂いのないことの異質さを感じる。

 

  この住宅地の流行(はやり)かあの家この家も黒き鶏頭を戸口や庭に咲かせて

  黒き花咲かすといへり町角の花屋で買ひしその優しげな苗

  

このごろは黒っぽいチョコレート色のコスモスもあるし、他にも名は知らないが黒褐色の花もある。昔からあるバラなどの黒紅色のものや流行歌で歌われた黒百合はともかく、一般的には以前なら黒い花は、あったとしても避けられただろう。今でも、黒い鶏頭の花は知らない。これは異界の住宅地の花、あるいは異界の人の目で見た花の色か。

 

  ウインドーの中のその犬まだ売れてをらず このゆふぐれも又見て通る

  訃報の回覧板持ちて夜更けの道行けばマンホールから水音響く

  夫とわれベンチに座りて見てをれば通行人は老人ばかり

  公園からこの夜も聞こえてくるのです誘蛾灯が蛾を焼き殺す音

 

これらの状景は、ただふつうに見たり聞いたりしたものを捉えた現実そのままのようだが、先の作品たちを読み終わった目で読めば、単なる事実を写しただけとは思えない。気のせいかもしれないが、ふつうに感じる現実よりも映像的にくっきりはっきりしているようでもある。リアリティーが一般の場合よりも強く感じられるのである。あるいは、脳内生活をえがいた村上春樹の小説の雰囲気を感じもする。

 

  ソファーにて夢を見てゐる間にも庭の雛罌粟いくつも咲きぬ

 

うたた寝をしているあいだに庭のケシが次々に咲くようなことは、あるいは現実にもあり得るかも知れないが、しかしふつうは、それをはっきりとは認識しないで、意識のそとでやりすごすであろう。だが、それを捉えたこの作品からは、特殊な映像を見るような強いインパクトを感じてしまう。ここでは夢の方が、現実の側にあるのかも知れない。まるで、現実の雛罌粟の方が夢の中にあるかのようだ。

 

 表現面では、5・7・5・7・7におさまらない自由律に近い作品もある。口語に文語助動詞がまじっていたりもするが、乱調ではなく、口語短歌の可能性を探った結果だとすれば、むしろ頼もしいことだと思う。

 作者は、長年、個人誌『夏暦』の発行を継続して行っている。個人誌といっても一枚の紙を半分に折った短歌発表のための機関紙であるが、その存在感は大きい。